NIWA MAGAZINE

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月とワタシ  文/小川敦子

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掬水月在手  水を掬すれば月 手に在り

 

これは、月とワタシを巡る旅。

 

月を眺めるということは、私たち日本人にとって、どのような意味があるのか。それを知るためには、どこへ向かえばよいのか。

そこで私は、ひとつの本に出会う。

「幻視行 月の都、京都 平安京をめぐる旅(淡交社/藤川桂介著)」。

月の都?ページをめくると「京都は月の都です」とある。夢中でページをめくる中、どうやらそれは、渡来の文化と日本人の心が織りなす果てしない物語のようなものだった。気付けば、私は、京都への準備を進め、秋の夜空を眺めながらの観月の茶会が行われるという東山高台寺に出向いていた。

東山高台寺。ここは、安土桃山時代から、クリエイターのサロンとして当時の最先端のクリエイションが集まる場所であった。秀吉の妻ねねさんのお寺。地元東山からも愛された存在。当時のクリエイターたちは、この場所から、どのように月を眺め、何を想っていたのか―。夕刻。まだ空が明るいころから、茶席に入る。上品な老婦人たちと共に亭主のおもてなしを受け、その見立てに感じ入る。掛け軸にある一句が飾られている。

 

「掬水月在手」

 

亭主の講釈がはじまった。大徳寺の住職が筆を執ったというこの日のための一句。于良史の詩「春山の夜月」の句の一節である。観月、というと五穀豊穣が語られることが多いが、本来の観月とは、この句に表現されているように自身の心を静かに眺めることである、と。両手に掬った水の中に映るもの。自身の心にある月。目に見える月と心の内にある月が一つになる。

目の前に、今点てられたばかりの一杯の茶。すっと飲み干すと、手にある椀の中には、ひとつの世界が拡がっていた。池だ。紅葉の葉が落ちて、水に浮かぶ姿。お隣の老婦人の椀を見せていただく。漆黒の椀の中に、一本の力強いラインが円を描いていた。手の内の月。

夜も更けて、庭を案内してもらいながら、月を眺める。次第に、その形があらわになってくる月。淡い空の色から、漆黒の夜空に変わるとき、くっきりとした半月になった。そして、夜の水鏡。息を呑むほどの美しさだった。水面に映る木々と夜空。水は鏡として、この世に存在するものをより美しく照らし出す。

 

高台寺をあとにして、八坂神社に向かう。月と闇があるうちに。古い歴史を持つ祇園の守り神。スサノオ(素戔嗚尊)を祭神とするが、もともとは祇園牛頭天王社(ぎおんごずてんのうしゃ)と呼ばれた場所だった。そのはじまりは、現在も謎に包まれたまま。

一説によると、日本書紀にスサノオが朝鮮新羅国のソシモリという地に降臨したという記述が残されており、当時の朝鮮との結びつきが強いという。新羅では、日(太陽)よりも月が先に誕生したという考え方があり、月を信仰する民でもあった。つまりは、この場所が月とむすびつきが深いということを意味するのかもしれない。八坂神社から見える月をぜひとも観てみたかった。

すでに、境内では月を愛でて、ゆったりと楽しむ大人たちで溢れていた。月は青白く、とても静かに光っている。祇園の空に浮かぶ月。次第に心が満たされていくようだった。

 

京都と水―。

 

社殿の一角では、こんこんと水が湧き出ていた。京都の地下には、琵琶湖の8割に匹敵する巨大な地底湖があるという事実。この水が枯れることはない。街全体が水鏡のようになっている、不思議な土地だ。昔から日本人にとって、水は神聖なものとされ、「気」が集まる場所には水の神‐龍がいる「龍穴」と言われている。山に囲まれ、その恵みを受ける京都という盆地。まさにお盆のような受け皿として、町とそこを行きかう人を見守ってきたかのよう。

 

次の日の朝、宿の女将に「明日から台風が来るから、早く出かけるように」とのアドバイスを受け、急いで奈良に向かう。奈良桜井にある三輪山へ。京都に行く数日前、ちょっとしたご縁で、三輪山とそこを守る大神神社の存在を知った。本来の旅の目的は「月」にあったのだが、自分でもなにかに導かれるまま、とにかく行ってみようと思った。

奈良駅から、小さな2両編成のかわいらしい電車に乗り換える。車窓から見えるのどかな田園風景。にもかかわらず、実は、手に汗を握るぐらい、私は全身で緊張していた。なぜなら、三輪山は、お山自体がご神体とされ、明治に入るまでは禁足地として、その神域に入ることすら許されなかったということを事前に聞いていたからだ。斧1本入れることすら許されないという。山木の一木一草にいたるまで神が宿るとされている。古代の聖地で見たことは、決して口外してはならないという約束。

 

三輪駅に到着。ご年配の男性が、私が改札を出たのを機に、窓口をさっと封鎖し「ボランティアです」と段ボールに手書きで書かれた看板を窓の外に掛けた。ボランティア?そう、この2両編成の電車は、基本的には無人駅なのだ。地元の方のご厚意で、ここを訪れる人のための道案内として、いてくださるのだろう。その看板を目にして、私の緊張は少しほぐれた。

三輪山の内部について、ここで詳しく述べることはできないが、特別な場所であることには間違いない。それは、昨今のパワースポットブームに見られるような、あやかりの気持ちで登拝(とうはい・ご神体なので、登るとは言わない)してはならない。敬意を示すこと。これが、大切だと思う。全てを包み込んでくれるような、とてもやさしい温かな場所であり、そこでは時空を超えて、心の奥底に響くなにかが感じられると思う。日本人としてのスピリットにつながるなにか。排他的と反対にある「調和」の世界。

 

実は、この三輪は、出雲との関係が深いという説もある。島根県にある出雲大社は、裏手にある八雲山がご神体となっている。八雲山は、今も禁足地である。かつて、出雲の民は、風葬を行っていたという。木の上に弔う。現代では考えられないことではあるが、そうやって、人と自然が向き合い、空・風・水・土・木・光が一体になる、森羅万象の世界だったのだろう。春日大社の裏手にある春日山も原始林が残り、同様の意味のある神域となっている。

 

三輪山の登拝も終わり、全身汗びっしょりになった身体を少し休めて、地元の冷たい三輪素麵を頂き、山の周囲を歩くことにした。山の辺の道という。どんどん人に会わなくなる。一人静かに、山からのやさしい風を感じながらひたすら歩いていく。山の麓には、とても古い神社がぽつぽつとあり、その一つひとつを丁寧にまわる。祠はとても小さいので、見逃さないように。巨大な池と稲の田んぼの景色が連続している。どうしようもないぐらい懐かしい気持になる。

 

日本の原風景-。

 

小さいころの記憶がフラッシュバックのように想い出される。祖父や祖母や作ってくれたお蕎麦やお米をいただき、畑や田んぼで遊んだ記憶。忘れていた、と思う。あったかい想い出。

3時間ぐらい歩いた頃だろうか、奥の方にこんもりとした森が見えてきた。箸墓古墳だ。澄みきった水をたたえた湖のような池の中に、ちいさなお山のような森。一目で気に入った。心の奥底で求めていた風景だ。水と光と緑。真上を2羽の白い鳥が旋回し、私の方に向かってヒューイと鳴く。太古の時代に、タイムスリップした感覚に襲われる。この箸墓、邪馬台国の女王「卑弥呼」の墓ではないかという説が。昼には人が造り、夜は神が造ったとの不思議な話が日本書紀に書かれている。

そこで、私は、大神神社で目にした本のある言葉を思い出す。そこには「月と水は再生を表す」と書いてあった。古のころ、人々は、自身の先祖を弔いながら満月の夜、この池でひたすら祈ったのではなかろうか。女性たちがこの池に集まり、清らかな気持ちで祈っているような姿が思い浮かぶ。この池に映っていたであろう、幻想的な風景。

 

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とうとう、台風がやってきた。明け方、その日訪れるはずだった福井の叔母から連絡が入る。ありえない量の水が溢れている。京都の桂川は決壊していた。滋賀や福井も大きな被害が出ていた。そう、自然はその美しい姿と恐ろしさは常に背中合わせにあり、抗う術は何もない。畏敬の念を持ち、生かされている日々に感謝すること。被害が大きくならないように、古の人たちと同じようにひたすら祈るしかなかった。

叔母の忠告もあり、福井行きを断念し、さらにもう一日、奈良にとどまることにした。午後、雨がやみ、光が射し込む。雨上がりの奈良の森の美しさはたとえようがない。土の香り、甘露に濡れた葉の香り、水の流れる音、涼やかな風。五感で、全身で、その心地よさを味わう。気付くと、野生の鹿に澄んだ瞳で見つめられていた。全てを見透かされているような心持ち。ゆっくりゆっくり歩いて、東大寺の二月堂へ向かう。お水取りの場所だ。

福井県若狭にある神宮寺から水を送り、奈良二月堂へと届けるという水の儀式。1200年以上続けられているというその伝統儀式は、毎年3月に行われる。若狭の遠敷明神が漁をしていて、うっかり八百万の神が集まる二月堂の修二会に遅刻してしまい、そのお詫びに毎年、若狭のきれいな水を送る約束をした、というチャーミングなエピソードが残っている。

『縄文聖地巡礼(木楽舎/中沢新一・坂本龍一共著)』によると、東大寺を開山した良弁僧正は、お水送りの場、神宮寺のある白山の生まれでもある。若狭小浜を流れる遠敷川の中流、鵜の瀬。近くにある神宮寺の閼伽井戸から汲まれた香水(こうずい)を鵜の瀬に流すと、東大寺二月堂の若狭井へ届く。若狭井に送られるご神水を汲むのが、この儀式のクライマックスである。

二月堂の階段を登り、本堂へ向かう。ここは、古都奈良を一望できる、大変眺めの良い場所でもある。台風の後の澄みきった空と、ものすごい光。私はこれ以上、水の被害が大きくならないよう祈りながら、ここから眺める月について想像していた。

 

2つの月―。

 

目に見える月と見えない月。水で清めた心に映る、もうひとつの月。その月は一体どんな姿をしているのか。日々、こんなことを想像していたであろう古の人たちの、なんと心の豊かなこと。

その心は、「祈る」という、人間の最大の清らかさから生まれるのではないだろうか。家族のため、大切な人たちのために。生かされているという感謝のために。ただただ、ひたすらに祈る姿。

あとで知ったが、白洲正子は、奈良が大好きで、よく三輪山を訪れていたという。その著書には、「祈り」のある芸術ほど純粋で美しいものはないということが書かれていた。

清らかな心で見えるもの―それが、心の内にある月なのかもしれない。

 

文/niwa magazine編集 小川敦子

イラスト/西山ゆか

 

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