NIWA MAGAZINE

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青の導く場所 vol.5 文/安部 太一

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“文明”

 

5月13日午後12時30分青森空港に到着。

 

空港を出ると頬にあたる風と残雪をたたえた八甲田連峰の、大きく美しい山なみに、見知らぬ土地へ来たことを実感する。弘前市へ向かう道すがら、ふわふわとしたかわいい花がちょうど満開の林檎畑と、雪国独特の勾配をつけた”へ”の字型のスレート屋根の戸建住宅が、両脇を過ぎる。そして向かう先にひときわ存在感のある岩木山が見えた。1500メートル級の山を進行方向に対して前と後ろに見ながら、わりと遠くまでなだらかに広がる平野を道路は続く。車内で聴かせて頂いたthe blue nileの音楽は風景を映像のようなイメージに変え、僕の記憶に強く残った。

 

”「もの」に命を託すんだ。己の人生のありようと託すんだ。手応えのある「もの」に人間の心を刻みつけようとする芸術の初心が、忘れられていいはずはないだろう”(前川國男の言葉。抜粋)

 

弘前市にいくつかある前川國男の建築を見て、立ち寄った木村産業研究所(ル・コルビュジエに学び帰国した前川の処女作)の一室でこの文章を読んで、僕はもう少しこの人のことを知りたくなった。

 

前川國男は1905年新潟県生まれ。1923年に関東大震災、第二次世界大戦、焼け野原となった戦後日本の膨大な数の住宅不足、急速な発展、工業化、それに伴って1970年代に入り問題化する環境汚染。激動の時代、困難、挫折、矛盾、怒り…「建築の前夜前川國男文集」を読んでみるとたくさんの輝かしい仕事の側面に、単純ではない精神的背景も見えてくる。

 

コルビュジエに強く影響を受けつつも、日本のそういう社会的な現実や気候風土に合う独自の建築とその方法を、試み追求し続ける。

 

「もの」に命を、人生を託すってなんだろう。

 

僕も、考えてみたい。

 

前川國男は中世に栄えた街ブリュージュのノートルダム寺院を訪れて、佇まいの美しさやきこえる鐘の澄みきった音の素朴さに感動して「文明とはなんだろう」と、自らに問う。(エッセイ「一枚のレコード」1962年)

 

そして科学万能の産業社会に幻滅しながら、一度手にした合理主義を捨てることのできない人間の活路を考えるなら、単なる経済的合理主義の論理ではなく、次元の一段高い、新しい価値観の論理を見出す「直感力」が大切だと、板倉準三への手紙(1975年)のなかで言っている。

 

文明とはなんでしょう?
ねぇ、前川さん。

 

青森は街も人も会話もそこにある言葉も、穏やかでゆったりとした足取りで進む印象を持ちました。だから僕が今、その街に暮らす人を通して、現存する前川建築に触れ、30年のキャリアがありながらアルバムを4枚しか出していないのにミュージシャンズミュージシャンとして評価の高い、the blue nileを聴くことがきたんだと(音楽は僕の個人的、趣味的な範疇ではありますが…)思えます。そういう進み方でないと見過ごしてしまったり、失ってしまう物事もある。一つの長い河に流れの速い場所、遅い場所があって、それぞれに川底の形状も土壌も住む生き物もちがう。流れる水を共有しながらもそれぞれの方法や役割があるのかもしれないと、僕は思います。

 

いい旅でした、有難う。

 

6月4日、中国地方は梅雨入り。
工房では岡山での展示会に向けて窯焚きが続きます。

 

 

 

安部太一(陶芸家)

1975年 島根県生まれ
2001年 陶芸をはじめる(父・安部宏に師事)
2006年 個展等、活動をはじめる
2010年 独立、現在は島根県松江市にて制作

http://taop410.com/