NIWA MAGAZINE

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Distance Land 文/赤阪友昭

 

 

森の入り口に立つ。獣道が森の奥へと続いている。道をたどって森の中へ入る。しばらくすると、道はいくつにも分岐し細くなってゆく。あるところまで来ると、もうどこが道だったのか分からなくなり、周りにはただ樹々の世界が広がっている。私たちの先達はそうした場所を境界として怖れ敬い、無闇に立ち入ることを憚ってきた。しかし、人間を自然の頂点に据えた現代の思想は、そこへと遡る想像力を失ってしまった。私たちは科学と文明という力でもって境界に一本の明らかな線を引き出した。化石燃料から原子力、河川のダムに防潮堤、科学医療に遺伝子操作。私たちは幾重にもわたって境界線を張り巡らせ、「死」を忘れ「生」に執着する世界を作り上げてきた。そうして、私たちは「死」を司る自然から随分と距離を隔てて自分たちを遠ざけることができたと思い込んできた。果たして、私たちは「死」からどれだけ遠ざかることができたのだろう。

 

 

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残念ながら、死の世界はすぐそこにある。命ある限り、どの命にも死は平等に存在する。

 

 

宇宙物理学者のフリーマン・ダイソンによれば、生命が死を得たことは幸運なことで、自らの場所を他者に譲り渡すことで生命そのものが多様性の中に生きることができるのだという。この世界は死をプログラムすることで豊穣なる大地を手に入れようとしてきた、という考え方だ。かつて私たちの暮らしには必ず死が伴われていた。各々の家には仏間や仏壇という死者の場所があって、毎朝線香を焚き、頂き物は真っ先に死者に供えられた。祖先を大切にする沖縄の企業では今も墓参休暇があるという。死者は、私たちが来た道筋であり、唯一この世界との繋がりを確認できる存在である。しかし、今の私たちの暮らしの中に死者の気配を探すことは難しい。私たちは、「生」に執着している。では、私たちが執着している「生」はどこから来たのか。この世界は、死の大地に生をもたらし、この世を豊穣とすることを願ったのではないか。だとすれば、生は死から生まれた奇跡の形態だと考えることもできる。

 

現在、私たちの国には放射能の影響で人が立ち入ることのできない「死」の場所が物理的に遥かな距離をおいて存在し続けている。私たちは、その場所を忌みなるものと考えている。なぜなら、私たちはもはやその場所に「生」の一部として帰属することはできないからだ。しかし、本当にそうなのだろうか。この世が豊穣を願っているのであれば、「死」の大地には必ず「生」がある。僅かに残された命の痕跡を拾い集めることで、私たちの一部がかつて在ったその場所に「生」を見いだすことで、失ったと思っている距離を埋め、ふたたびその地に触れることができないだろうか。クマの爪痕、シカの糞、イノシシのヌタ場、猿が食い散らかした柿、美しく紅葉した森、光射す水面、遡上を終えたサケ。懐かしい自然(じねん)との邂逅を求めて、私たちの根源へと遡上することから始めてみたいと思う。

 

 

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ひとつの希望がある。それは人が介在しないことによって、かつて手つかずだった頃の自然が再生するのではないかということ。私たちが引いた境界線たちは、あの日の東京電力第一原子力発電所の事故とともに吹き飛んでしまった。このまま数千年、あるいは数万年が過ぎれば、放射線量が高くて人が近づくことができない場所は、すべてが聖地となる可能性を持っている。人の立ち入りを禁じた神域の森が美しく豊かな自然を残してきたように。これまで散々人間が奪ってきた大地のうち、もう私たちが帰属できなくなってしまった場所ぐらい自然に帰していいのではないか。それは遠い未来の世代への贈り物となる、そう考えることはできないだろうか。自然は、私たちの想像を遥かに超えた時間と力強さをもって「生」の奇跡を生み出し続けている。それは風の谷のナウシカに現れた腐海の森を思わせる。忌みなる大地が新しい命のはじまりの場所となり、遥か彼方の距離にある懐かしい大地 ー Distance Land ーにいつかふたたび足を踏み入れることを許される、それは未来の「ひとつの希望」である。

 

 

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写真上から順

「葦原と送電線 0.16μSv/h」

「ブナに残されたクマの爪痕 0.89μSv/h」

「津波が残した野原 0.24μSv/h」

なお、ウクライナ製携帯線量計のアラームはチェルノブイリの事故を精査した結果として0.3μSv/hに設定されている。

 

 

赤阪友昭

Akasaka Tomoaki

 

1963年 大阪市生まれ。
1996年、モンゴルでの遊牧生活及びアラスカ先住民の村での暮らしから撮影をはじめる。雑誌『Coyote』等に写真と文を掲載し、プラネタリウムの番組制作や国立民族学博物館での写真展など「継ぐべき命」をテーマに活動を続ける。2000年には、国際文化交流イベント『神話を語り継ぐ人々』を総合プロデュースし、札幌・熊野・東京にて公演。2008年には、三年をかけて故・星野道夫のためのアラスカにトーテムポールを立てた『星野道夫トーテムポールプロジェクト』を共同プロデュース。現在は、日本各地を訪れ、山や森の残された原初の信仰、縄文文化や祭祀を撮影・取材している。2009年から写真ギャラリー photo gallery Sai (大阪)を主宰。近著に『The Myth – 神話の風景から – 』がある。

 

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