NIWA MAGAZINE

  1. exnibition
  2. trip

「素と人」vol.2 出雲民藝紙・安部信一郎さん 文/小川敦子

DSC00661

 

島根に滞在している間、とある知人宅に世話になった。心地のいい風が通り、光がふんだんに降り注ぐ庭。綺麗な鳥たちが羽を休めに飛んで来る。もともとの家の主は、この庭を眺めるために、住まいを建てたのだという。客間で香を焚き、茶を点てるような、風流なことを好む人だった。

 

職人の技と施主の美意識が集結された住まい。細部に渡って、一切の手抜きがなく、今では、ここまで丁寧な手仕事をする職人はほとんどいないだろう。受け継いだ住まいを、知人は若手の建築家と共に、あまり多くをいじらずに、しかし、すっきりと居心地のいい空間に仕立て直した。

 

「白」と「紙」。この二つがリノベーション設計の主なテーマだったのだという。大人の上質な空間だからこそ、至極シンプル。削ぎ落とした、引き算の技。だからこそ、厳選して素材の一つひとつに至るまで、知人は自分が心からいいと感じたものだけを選び取った。

 

特に、紙へのこだわりは並ではない。広い空間を仕切る襖紙には、出雲の白い手漉き紙が使われており、凛とした、清々しい空気を醸し出す。手漉き紙は、その作られる工程で、幾度も水を通し、風と光を浴びせる。その土地の恵みとなる、水と風と光をたっぷりと内包した紙は、自然そのものだ。住まいの中で、白く輝く一枚一枚の襖紙が、庭から入り込む光と呼応し合って、空間を明るく包んでいる。その佇まいの美しさ。そこに身を置いているだけで、自分自身がニュートラルな心持ちになり、ありのままでいられる。なんとも、心地のいい時間だった。

 

 

島根県・松江市八雲町別所地区に、安部信一郎さんが営む「出雲民藝紙工房」がある。山と山に囲まれた谷の村。私が訪れた日は、雨が降り、霧が立ち込め、この地全体が、水に包まれていた。昔からこの別所地区を守る、星上山からは、きれいな水がふんだんに流れる。この地の和紙文化は古く、天平の頃、7世紀まで遡り、さらに、江戸時代、松江を治めた松平家が、郷里の越前から、手漉き和紙の工人を呼び寄せ、紙漉を藩の専売事業としたことから、一時は衰退していた手漉きの文化が、より育まれることとなったのだという。

 

 

これは、私の個人的な直感と想像にすぎないのだけれども、白く透き通った、洗練された和紙になる以前の「韓紙」に近いのが、この出雲で生まれた紙なのではないかと感じている。朝鮮半島と近いこの土地が、半島からの濃い影響を受けていないわけがない。素材が持つ、力強さ。繊細さの対極にあるもの。この地に古くから伝わる紙漉きには、紙漉きという行為自体にも、おそらくは深い意味があるのかもしれないと、想像してやまないのだ。かつて、柳宗悦が安部さんの祖父である栄四郎さんのこしらえた雁皮紙を見て、「これぞ日本の紙」と言わしめたことも、きっと、この土地で紙が生まれたことにこそ、意味があると感じたからに違いない。

 

紙とは、古来、非常に神聖なものとして、神が降臨する場を清め、結界を張る意味合いから、空間を仕切る襖などに用いられるようになったという説もある。幾度も水に通しながら、紙を漉く。水なくして、紙は作ることは出来ない。水は、森からの恵みであって、とても神々しいもの。だからこそ、手漉き紙は、清く、美しい。

 

安部さんのご自宅でも、手漉き和紙が襖紙や障子紙として使われていた。「家と共に、紙が呼吸している」という、安部さんの言葉通り、雨が降る日は紙がたゆみ、良く晴れる日には、ピンと紙が張るのだという。まるで、生き物のようだ。気密性の高い、現代の住まいとは違い、意識して換気を行わなくとも、自然に湿度と新鮮な空気が保たれる。昔から今でも伝わることには、きちんと深い理由と意味があるのだ。

 

昨今、三椏、楮など、和紙の原料がどんどん減少してきているという。原料が手に入らなくなったという声は、あちこちで聴かれるけれども、便利さ、安価ゆえに、機械漉きの輸入の紙が多く入り、紙そのものの価値も下げられてしまっていることも影響しているのだろう。障子紙も、襖紙も、日常使われるありとあらゆる紙も。きちんと丁寧に、心を込めて作られた「本当にいいもの」は、見つけることの方が難しくなってしまった。

 

 

安部栄四郎さんが、その半生について書かれた著書『和紙三昧』の冒頭に、柳宗悦の「和紙の美」という、簡潔で美しい文章が載せられている。出雲民藝紙の美しさを表すには、この言葉ほど、ぴたりと当てはまるものはないように思う。

 

「どこからその美しさが出てくるのか、いつものやうに私はさう思索する。詮ずるに質が有つ美しさなのである。さう考へていいであらう。もともと質が良く、それが手漉きで活かされる時、上々の紙に生まれ変わる。質とは何なのか。天与の恵みなのである。その恵みが滲み出ているほど美しい。さういって謎は解ける」

 

 

どんな紙を美しいと思い、どんな紙を選び取るのか。紙に限った話ではなく、ものをきちんと選ぶこととは、心の眼で見ることに、他ならない。「本物は、残る。残らないものは、それまでということ」。安部さんの言葉には、深いずっしりとした重みがあった。

 

そう。本物だから、今でも受け継がれているということなのだ。

 

DSC00670

DSC00666  DSC00665

 

DSC00669

 

DSC00667

 

*  参考文献

・安部栄四郎著 「和紙三昧」木耳社刊 昭和47年発行

・向井一太郎・向井周太郎著 「ふすま 文化のランドスケープ」

中央公論新社刊 中公文庫

 

出雲民藝紙工房

島根県松江市八雲町東岩坂1733
0852-54-0303
Izumo Mingeishi Factory
1733, Higashi-Iwasaka,
Yakumo-cho, Matsue,
Shimane
e-mail : izumomingeishi@gmail.com

 

 

※写真、一番上は、知人宅の襖。引手の金具には、

「かなぐや」による、手仕上げのものを使用している。

かなぐや

株式会社青作舍

〒176-0021 東京都練馬区貫井2-25-23  TEL/FAX 03-3926-2414