NIWA MAGAZINE

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「素と人」vol.3 染色・手織り作家 樋野由紀子さん 文/小川敦子

 

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四季折々にその姿を変化させていく、自然が織り成す風景。春、夏、秋、冬―。景色の色と自身の心象風景と重ね合わせるかのような、日本人による色の表現 ―「草木染め」。刻々と変化を遂げる、空の色。芽吹き、花を咲かせ、やがて朽ちては、また生まれるという再生を繰り返す、森の植物の色。その色彩の世界を記憶に留めるかのように、糸や布地に染め付ける、染色。色は、単なる色ではない。色を用いた、それぞれの心象風景の記憶であり、また色彩の表現なのだと感じる。また、人はその色彩のアートに、各々の想いを重ね合わせ、美しさを見出し、強く惹かれるのかもしれない。

 

 

染織家であり、手織り作家でもある、樋野由紀子さん。その作品をはじめて目にしたとき、なんと控えめで上質なものを生み出す人なのだろうと思った。そこに、自分を押し出すような強い作家性はない。シンプルで、すっと、暮らしに馴染む色と織り。日々、台所で、洗面所で、食卓で活躍する。一見、その表現はとても「ささやか」なのだけれど、使い込むうちに、ちょうどいい具合に織り込まれた、糸の色に意識が向かっていく。刈安、藍・・・。自然から生まれたその色の中に、森の情景を思い浮かべる自分がいる。表現の奥に流れる、清らかな源流のようなものを感じ、樋野さんの目に映っているであろう「色の世界」に、いつしかとても心惹かれていくのだ。

 

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樹の皮をべりべりと剥ぎ、色の原料にするという染色の基本的な技法がある一方で、彼女は決して、そうした手法を選ばない。「枝の先をほんの少し頂いたり、樹の下に落ちているものとか、そういうものを集めて来ます」。時間をかけて、丁寧に、丁寧に。少しずつ集めたものを中心に、糸に色を入れていく。季節によって、そのとき採取できる植物の色で染める。主役は「自分」ではなく、あくまでも「自然」。「この色を出したい」という自己意識が先にあるのではなく、出てきた色で作品を組立てていく。

 

 

身近な植物から生まれる色は、何色とも限定し難いほどに曖昧で、そこに、深い「あわい」のような表現が生まれる。植物がその土地で生きてきた、という記憶の証としての色。生命の色。イマジネーションをかき立てる色合い。由紀子さんが草木染めに惹かれた理由も、そこにある。

 

 

そして、経糸と緯糸を交差させる織りの段階では、染め上げた糸を織り機に載せて、色を引き算するように選び取る。重ねすぎないこと。自然が織り成す調和の世界を壊すことなく、本当に伝えたい、表現したい色を厳選する。「何をつくるか、どんな色味、素材など大まかな事は決めますが、その時その時で、出た色を受け入れ、たてとよこの色の組み合わせでデザインを決める。出来上がりを想像しつつ、そこに常に興味と憧れを意識して物作りをしています」。素材への尊敬と憧憬。どこまでも、その謙虚な姿勢を崩さない。

 

 

あるとき、糸や布を扱うときの、彼女の所作がとても美しいと感じたことがある。聞けば、舞台美術の衣装を担当していた経歴があるのだという。着物の着付けをしたとき、その仕立や色彩に強く惹かれるようになり、やがて、染色と織りの世界へ転身する。生まれ故郷でもある、出雲からほど近い、倉敷本染手織研究所で紡ぎ、染め、織りを学んだ後、作家活動をスタートさせた。今現在は、出雲の自宅に工房を構えながら、作品の製作を行っている。

 

 

樋野さんの目線の先にある色の世界。そのひたむきな視点から生まれる表現の中に、山陰の美しい森の情景、田畑や野原の風景が見えてくる。それは、温かな心の風景のようであり、とても懐かしくて、温かな色合いに包まれている。

 

 

 

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