NIWA MAGAZINE

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本の話 vol.1 文/ book & gallery DOOR高橋香苗

vol.1   森についての本 Ⅰ

 

この世に立ち現れる現象の背後には必ず見えない世界の計らいがある

manazuru 009

■「フィンランド•森の精霊と旅をする」  プロダクション•エイシア発行

 

「木と森を愛するすべての人へ」と、冒頭に捧げられた小さな本があります。小さいけれど、一気に未知の世界へいざなってもらえる本。いいえ、もしかしたら未知ではなく、自分自身の意識が上る前から知っていたかもしれない世界へもどらせてもらえる本かもしれません。「フィンランド、森の精霊と旅をする」というタイトルのこの本には森について考えを巡らせるための多くの示唆がちりばめられています。といって、難しい読み物では全くなく、どのページも一編の詩、もしくは物語としてページの向こうから語りかけてきます。思わすじっと目をこらしてしばらく眺めていたい写真と文章。ここに紹介されているすべてが、長い歳月をかけてフィンランド中を歩き回り集められた貴重な記録なのです。フィンランドと言えば森の国をイメージしてしまいますが、経済効率による環境破壊が貴重な森をどんどん破壊しているという事実。だから森を、木の民である自分たちの根として、物質的存在を超えたもの、深い信仰とともに生と死を結び安らぎを与えてくれる聖域として枯れることなく生き延びてほしいという願いがこの本にはこめられています。そしてその願いの先が、プロダクションエイシアという映像制作会社の代表であり、ドキュメンタリー映像作家の柴田晶平氏はじめスタッフの手による日本語版となって2009年に出版されました。フィンランドの森が与えてくれる大いなる恵み、そしてその森の記憶はこの小さな本を開くたびに呼び起こされるのです。

 

森と、その森の向こうには何が見えるのか。

 

森をよく見ることはわたしたちの精神の土壌を振り返ることでもあると、この本は読む者の中に眠る遠い記憶と共鳴しながら教えてくれます。

 

写真

 

 

■「森をさがす」林田摂子写真集  ROCKET BOOKS 発行

 

何故ここに赤い長靴があるのだろう。山羊を抱えた少女のまなざしは何を見ているのだろう。森、白いボート、食べかけのケーキ、墓地、泳ぐ人、この写真集に収められた写真には、ついその前後の脈絡を知りたくなるひっかかりを覚えます。時間の流れから放り出されて、むき出しのままついに定着された一瞬、一瞬。本来は悠久の時間軸に葬られるものが、はからずも写真となって固定されてしまった時間。それは人の手による記憶されるべき時間ではなくて、まったく気まぐれに、何かの拍子につまみ出されたようにも見えます。だからその定着された「一瞬」の前後のストーリーがとても気になるのです。

 

林田摂子の写真集「森をさがす」が持つ不思議な「間」は時間のスペースを与えてくれます。気になってよく見ていると、写真がその前後を語り始める。まるで撮られる前と後の時間を内包しているかのように。

 

あるとき林田さんは語ってくれました。「当時は写真を撮ることで自分の居場所を確かめていたのかもしれない。」フィンランドに渡って、親しい人の家に泊まり、そこで送る日々。写真を撮るために海を渡ったのではなく、まるでライナスの毛布のようにしてカメラとともに流れた時間は、すべてが均一で、それでありながらかけがいのない時間であったことでしょう。撮ろうが撮るまいが変わりなく均一に。

 

「今」をかけがいのないものとして見ている真摯さもありながら、まるで肩の力の抜けた「間」によって、見るものに自由に物語を見せてくれるこの写真集。「森をさがす」林田さんの視点は、写真に定着された一人一人の「生」に自然に寄り添いながらその人の内側の「森」にも充分に向いていたのではないでしょうか。カメラとともに居合わせた一瞬を、永遠の居場所にするために。