NIWA MAGAZINE

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本の話 vol.3 文/ book & gallery DOOR高橋香苗

vol.3   森についての本 Ⅲ

 

 

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いったい森とはどんなところなのでしょうか。

 

森の情景を思い浮かべると、木々の合間からふりそそぐ木漏れ日や、頭上でさえずる鳥の鳴き声、木々のざわめき、密度の濃いそれでいて澄んだ空気など、それは私たちにとって、とても心地の良いものです。けれどもその一方で、森をどんどん奥へ奥へと進むにつれ、次第にそこは私たちの慣れ親しんだ世界とは異質なものとなり、ついには人がおいそれとは足を踏み入れては行けない未知の領域が広がる世界なのではないでしょうか。

 

その未知の領域に、たった一人、15歳の少年が何の装備もなく突き進むシーンがとても強く印象に残る小説があります。村上春樹の「海辺のカフカ」です。

 

この長い小説には森が出て来る場面は、主に後半部分に何カ所かなのですが、読み終わると森の印象がとても強く残ります。

 

主人公はチェコ語でカラスという意味の「カフカ」という名前を持つ15歳の少年。15歳といえば、自分の人生の入り口に立っていることを自覚し始める頃です。他者と自分の違いがうまく呑み込めずにそれまでとは違った質の孤独がやって来る頃。そんな15歳の少年が、この小説の中ではさらに、ぬぐおうとしてもぬぐいきれない圧倒的な強い恐怖と怒りに支配されていきます。

 

物語の後半に、少年はひとりの人物によって森に身をひそめているようにと連れて行かれます。ところが次第に自らの意志で、さらにもっと森の奥へ向かう決心をします。一人で森と対峙していくうちに、迷宮の入り口であった森は、それ以上の深い意味を帯びて目に映ったのかもしれません。ふたつの相対する世界の「際」。そして「入り口」としての「森」。たった一人で自分の運命と向き合う少年に対して、「森」はこの世の大切な秘密を示してくれたのではないでしょうか。

 

増大し続ける少年の恐怖と怒りが彼の存在を呑み込んで無になるかという「際」に、少年の中で大きな切り替わりが起こりました。それを意識から無意識の世界と捉えるならば、少年はその「際」において覚醒し、新たな意識で森の再奥へ進む覚悟へと至ります。そこには見えざる手があらかじめ差し伸べられているかのように、同時進行でくりひろげられるもうひとつの話が絶妙に絡み合っています。そんな見えないけれども大いなる他者との結びつきが、高いところからの御技(みわざ)のように豊かに織りなされていて、そのただ中で、少年はしかるべき時にするべく森の中核へと足を踏み入れていく。その時、森は単なる迷宮ではなくなっています。

 

少年にとっての森が意味するところはとても深くて大きいものです。ここでの森が果たして何であったか。おそらく繰り返し読み直してみてもその度に新たな意味が発見出来る大きな物語です。

 

海辺のカフカ (上)(下)  村上春樹  新潮文庫

 

 

 

高橋香苗 プロフィール

1984年 結婚を機に島根県の松江に移る。2004年~子育てが一段落したことと、単発のイベントを企画したことで、交友関係の質が変わり広がっていたことから、自宅の一部で本やテーブル周りのクラフトなどを扱う「DOOR」いう店を始める。2010年地元の物作り作家や友人たちといっしょに、隠れた山陰ならではものを探るために、手仕事を紹介するイベント「ひびきあうもの」を企開催。以来毎年行っている。

 

book & gallery DOOR

島根県松江市上乃木1-22-22

tel 0852-26-7846