NIWA MAGAZINE

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本の話 vol.6 文/ book & gallery DOOR高橋香苗

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vol.6   森についての本 Ⅵ

 

いのちはどこからやって来て、どこへ向かっていくのだろうと、一度はその大きな問いにすっぽり浸かって途方にくれたことはありませんか。つまりは死生観ということですが、小さな子どもが真剣な顔をして、先のことを聞いてきたら何と答えてあげたらいいでしょうか。

 

「人はそれぞれに見合った星からやってきて、その星のもとで影響をうけながらこの世に生かされている。思い通りにならないこともあるけれど、心を大きく持ちながら、星の巡りに添って生ききればやがて還るときがやってくる。この世の終わりは同時にもとへ還ることであり、また永遠の命にあずかることでもある。」と、巡り合わせと永遠の命の循環は古い物語にはひとつの原型となって繰り返し語られてきました。

 

ヨーロッパ中世最大の恋物語と言われている「トリスタンとイズー物語」はまさに星の巡りのいたずらか、はからずも恋に落ちた二人が次々と襲いかかる試練によって愛を深めながらもこの世では結ばれることなく、死によって永遠の愛を成就するという物語です。よく知られたシェークスピアの「ロミオとジュリエット」はこの物語がもとになっているとのこと。

 

「トリスタンとイズー物語」はフランス人のベディエなる人物が5、6世紀ごろからヨーロッパの各地に口承伝説として広まっていたケルト神話のひとつの駆け落ち譚の流れを集めてひとつの物語に仕立てたものでありますが、ベディエによる編集以外にも様々なバリエーションで同名の物語は幾つも残されています。いずれも共通するところは媚薬という人の理性を惑わす薬が二人の運命を変えてしまうというところです。本来ならば惹かれてはならない立場の二人が召使いのあやまちによりはからずも媚薬を口にしてしまった、故に世の掟に抗いながらもお互いを求め合い、自らの熱情と自己嫌悪をくりかえしながらやがて破滅を迎えてしまいます。もともとの気高い心根や高潔さがより尊い愛の形を求めてついには死にいたるのですが、それは同時に死によって霊魂による永遠の結びつきを示しています。

 

この悲恋の主人公たちがこの世で安らいでいられた唯一の場所が森でした。

 

深い森での生活は、黄金の髪のお妃であったイズーをすっかり変えてしまいましたが、世の掟や分別というこの世の重力から解放された森での日々はどれほどの楽しみを与えたことでしょう。

 

かつては金銀様々な光り輝く宝石をちりばめた冠を美しい金色の髪にかむり、雪のように真っ白いドレスに身を包んだこの上なく美しい王妃が、衣はいばらに引き裂かれ、やせて血の気の失せた様子で苔むした枯れ葉の上に座して恋人を待つ情景は、それを心待ちにしている心とは裏腹に、森が放つ死にも取り囲まれているように感じられます。恋人たちに用意された二人のための居場所となる森は、まるで死によって結ばれる結末を暗示するように、人の世とは別の顔を持つ、生と死を同時にはらんだ冥土の入り口、永遠の命の入り口であったのではないでしょうか。

 

梅雨時の鬱陶しい時期ではありますが、神話にもとづいたこんな恋愛物語もたまにはいいかもしれません。二人の運命をたどっていくうちについ、いのちの行く末を考えてしまうことでしょう。

 

 

 

トリスタン•イズー物語  ベディエ編 佐藤輝夫訳  岩波文庫

 

 

高橋香苗 プロフィール

1984年 結婚を機に島根県の松江に移る。2004年~子育てが一段落したことと、単発のイベントを企画したことで、交友関係の質が変わり広がっていたことから、自宅の一部で本やテーブル周りのクラフトなどを扱う「DOOR」いう店を始める。2010年地元の物作り作家や友人たちといっしょに、隠れた山陰ならではものを探るために、手仕事を紹介するイベント「ひびきあうもの」を企開催。以来毎年行っている。

 

book & gallery DOOR

島根県松江市上乃木1-22-22

tel 0852-26-7846