NIWA MAGAZINE

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本の話 vol.8 文/ book & gallery DOOR高橋香苗

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女性の手仕事についての本

 

 

「女性の手仕事」について書かれた本が、今回のテーマです。さてこれは大変テーマだなと、途方にくれたものですが、一方で、ざわざわと音を立てて心の蓋の内側をつつかれるようなある興奮も覚えました。女性ですから、身につまされるところがあります。「女性の手仕事」なんて、ずいぶんと示唆に富んだテーマです。こういう本がおすすめですよと、人に紹介出来るほど知識に自信はありあせんが、今の自分にとって、女性の手仕事とは何か、と確認し自分なりに納得するために再び手に取ってみたい本を揚げてみることにしました。

 

少し前置きを。手仕事、それも単純な仕事を始めると、つい時を忘れてしまうことがあります。ある一定の動作を繰り返し繰り返し行いながら物を作る行為、作ることのみならず、手を使う労働には、それに見合った時間の流れ方があって、ひとつひとつを重ねて次に至る時間の長さに身を置いていると不思議と自分の心がリアルに浮き上がるものです。そこで自分の内側と向き合ってしまう。気分の良い時は穏やかに手が進む。反対に心にひっかかるものがあるとそればかりを繰り返し思い煩っている。けれどもいったん表に出てわさわさする心の現れが、長く続く手が繰り返す行為の中で次第に薄れ、手元の作業に心が入っていく。

 

手による単純な仕事は、人に自分と向き合うひとときを与えてくれるものだと思います。編む、織る、縫う、掃く、拭く、洗う、磨く、漬ける、それらの手作業は遠い昔から女性に与えられた仕事でした。日々繰り返される労働の連続。家事労働と手仕事はピタリとあてはまる円の重なりでもありました。それが時代の流れとともに家事労働はイコール手仕事ではなくなった。日々の労働から手仕事はどんどん必要なくなっていったのです。女性は手仕事による家事労働から解放されるべきだ、とは、時代の要請であり、私自身もそうであってほしいと願う一人です。その一方で、手仕事を通して自分の中にもたらされるひそやかな喜びも否定出来ずにいる。

 

今の女性にとって手仕事とは何なのだろうか、という問いが、いつも二つの極を行ったり来たりしています。女性は手仕事からは解放されたほうがいいのか、手仕事にもどるほうがいいのか。

 

そこでまず手にしたい本が、「大きな森の小さな家」というタイトルの本です。これではピンとこない人でも、テレビドラマの「大草原の小さな家」の原作と言えば、ご存知の方は多いのではないでしょうか。

 

100年以上も前の北アメリカで、大きな森の中に住む6歳の少女ローラ•インガルスの目を通して日々の暮らしが語られた本です。タイトルにあるように大自然の中にぽつんと建てられた丸太小屋に一家は住み、春夏秋冬、身を寄せ合って暮らしています。三人姉妹の真ん中のローラにとって、とうさんとかあさんは絶対的な存在です。とくに、小さな家を襲うあらゆる危険から家族を守るとうさんはローラにとってスーパーヒーロー。熊やオオカミといった森の生き物たちや、嵐や大吹雪、日照り、熱病といった自然の脅威にさらされる日々の中で、とうさんを中心にかあさんと子どもたちは生活に必要な事をすべて自分たちの手で作り上げ、それらを守り抜いていきます。

 

この物語ですばらしいのは、ローラの目に写るかあさんの日々の仕事です。洗濯、アイロンかけ、つくろいもの、バターつくり、そうじ、オーブン仕事といった日課に加えて、チーズやハムの保存食作り、ローラたちのお人形も母さんが手作りしてくれます。

 

「きれいな水でトウモロコシをごしごしもんでいる母さんは、とてもきれいでした、、、母さんは、そのきれいな服に、水をはねかしたりはぜんぜんしないのでした。」

 

一家の暮らしは、きっとほとんどの日々が労苦の連続だったのでしょうけど、子どもの目はまっすぐに日々の喜びを感じ取っています。そして、この日々は延々と毎年続くものではないこともどこかで思っている。家族の安らかなひとときを確認するように「今なのね」と小さなローラは心に刻みます。

 

100年経った今では、当時の様子をただ想像することしか出来ないのですが、生きていく根本に、女性の手仕事が一家を優しく包み、支えていたことを素直に読む事の出来るこの物語。時代がどんなに変わろうとも、手仕事は生きる喜びに通じることを、読む者に示してくれるやさしい本です。

 

 

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もうひとつは、グリム童話の「六羽の白鳥」という物語です。

 

このメルヘンは数分で読む事の出来るおとぎ話ですが、フランス人の思想家シモーヌ•ヴェイユは弱冠16歳の折に、このメルヘンにはある普遍的な寓話性が読み取れるとし、独特な深い読みを作文にしています。ヴェイユのそのあたりの10代の卓越した知性に関して、富原眞弓さんが「シモーヌ•ヴェイユ 力の寓話」の中で書いています。この読み取りを女性の手仕事という視点をあてはめるとなかなか面白いのです。「6羽の白鳥」というメルヘンでは、困難な手仕事を少女がたった一人で成し遂げねばならず、その仕事が完成するまでは決して笑ってもしゃべってもいけない。そうしなければ愛する兄たちの呪いを解くことはできないとあります。そのことをヴェイユの読みは、妹の、呪いをかけられた兄を救うために編むことに向いていないアネモネでシャツを編むという行為としての試練に注目しているのではなくて、それをしている間は一切話す、笑う行為が禁じられている、抑制されている試練に深い意味を見いだします。手を動かしてシャツを編む試練に対して、することを禁じられた試練のほうに行為の難しさを見ています。ただ一人で6人の兄たちの運命を背負い、「しない」ことを覚悟する、「意志的な行動抑制(これは文中からの引用)」。あらぬ非難や誤解に対して一言も言葉で弁解できず、編むという行為も困難になる何重もの試練に対して何も弁解せずに、「しないことを選ぶ」妹の強い意志、精神。言うなれば妹の自己放棄が物語の幸福な結末に通じていることがこのメルヘンの柱にあると。

 

そして、こう結ばれる。「唯一の力、すなわち唯一の徳性とは行動の抑制。」

 

この結びつけを、長い歴史の中での女性の立場と労働の姿に置き換えてみると、何かが透けて見えてくる気がします。言葉を発することなく手や肉体で労働、仕事をしてきた者に与えられるのは、唯一の力、徳性なのかと。

 

メルヘンはメルヘンとして何も考えず、普段の感情も置いて、お話に没頭するからメルヘンなのですが、6羽の白鳥に姿を変えられた兄たちを何とか元の姿にしなくてはと、何を聞かれても押し黙ったままに懸命に編み続ける妹の姿を通して、理不尽な現実もやがて最も望まれる瞬間に向かう一瞬に過ぎないことを心がうけとめるのです。

 

 

「大きな森の小さな家」ローラ・インカルス・ワイルダー作

「シモーヌ・ヴェイユ 力の寓話」富原眞弓著 青土社刊

 

 

高橋香苗 プロフィール

1984年 結婚を機に島根県の松江に移る。2004年~子育てが一段落したことと、単発のイベントを企画したことで、交友関係の質が変わり広がっていたことから、自宅の一部で本やテーブル周りのクラフトなどを扱う「DOOR」いう店を始める。2010年地元の物作り作家や友人たちといっしょに、隠れた山陰ならではものを探るために、手仕事を紹介するイベント「ひびきあうもの」を企開催。以来毎年行っている。

 

book & gallery DOOR

島根県松江市上乃木1-22-22

tel 0852-26-7846