NIWA MAGAZINE

  1. exnibition
  2. trip

耕す絵画 文/内藤絹子

古墳

 

90年代後半頃に新たな制作環境を求め、パートナーと共に但馬地方の山間部のある集落に移り住んだ。この地域は年間降水量が多く、但馬牛はこの雨の恵みによって新鮮で豊富な草を食べて健康に育つ。国道から少し入り、周りが山で囲まれた30軒ほどの集落で南側には八幡宮(厄神さん)がある。一年で一番寒い日の夜中から朝方に参拝する厄神祭は、屋台も出て賑やかになる。参拝道の脇に 置かれた天保4年と彫られた狛犬も珍しいもので愛嬌があっていい。

 

神社の右奥にあるご神木は数百 年の椎(しい)の老木だ。近年の落雷や台風でほとんど折れてしまい、包帯のようなものが巻かれ賽銭箱を添えてもらい立っている。厄神祭の深夜零時にこの木に神が降りてくるといわれており、村人 たちはこの木の前で祈祷をする。辺りの風景は田んぼや黒豆畑の田園が広がり、古墳も点在している。調査によると、古墳時代後期(5世紀末〜7世紀)の大小の前方後円墳や円墳〔写真上no.1〕がこの集落だけでも50基あり、但馬地方だけで8千基以上あるという。全国でもまれな古墳密集地域だ。太古には大陸から海を渡り、円山川を遡ってやって来た人々がいたのだろうか。

 

 

移住当初はコンビニも24時間営業の店もなく、夜の「闇」というものを日々の生活の中で意識していった。宇宙や暦に関心を持ったのもこの頃だ。山陰の長い冬は寒い日が続く。私たちの仕事場は 氷点下になることはないが、寒いので身体を動かさずにはいられない。白い息を吐き、薪ストーブで 沸かしたお湯で手を温めたり、焼き芋を焼いたりする。長い冬を終え、訪れる春の芽吹きの観察は心 も和らぐ。

 

やったこともない土いじりを始め、食べるだけの季節の野菜を毎年作っている。真夏は首に濡れタオルを巻き、扇風機の首を上に向けて制作をする。風で紙などが飛んだりし、集中力が切れてしまうからだ。とても訪問者に見せられる格好ではない。できるだけ自然に近い状態での制作現場は、身体を意識せざるをえない。そのような環境の中で私の作品は生まれる。絵画制作を継続しながら個展などで作品を発表する20年ほどの生活は幸いに今も変わらない。

 

 

草取りしながら

 

古民家の空き家で5年間暮らしていた頃、和紙に描いたドローイング作品<草取りをしながら> (1995 年) 〔写真 上no.2〕は、この「土地」に来て初めてできたものだ。「こわす、生まれる」などと葛藤 をしながら勢いのある文字が描かれている。土の上に和紙を敷き、その辺に転がっている石を置く。 燃やした木の灰でインクを作り、その辺の草の汁で色を塗る。身の回りにある素材と共に、自分の思 いや感じたことを言葉や文字で描いていく。四季のある生活や農作業の過程や知恵から学ぶことは多い。土を触り、その手で描く。雨風や草木、虫、空気、石、あらゆるものの「声」や浮いては消える 泡のようなものなど感じたことを描き続けてきた。それは、はっきりとした言葉ではなく、「声」や「音」も含んだ目にはみえないものだ。

 

一つ一歩一粒

 

今から12年前に同じ集落奥の山側に今の住まいとアトリエが建てられた。田んぼだった更地にコツコツと「庭」をつくり始めた。日本の伝統的な庭ではない。別の集落にあった廃屋の不揃いな庭石 を頂き、近くに住む知人の彫刻家の協力を得て、真砂土で平にした適当な位置に5〜6個置いてもら った。それから家の横の河川工事から出た残土を 2トン・トラック2〜3杯ぐらい運んでもらい、小さい盛り山が3つできた。そこに一年中どこかで花が咲き、実をつける木を植えていった。元々あっ た柚子や茶の木はそのまま切らずに今もある。園芸店に通い、どのような花が咲くのかも知らずに植 えたものもある。しかし土地に馴染まないものはもう枯れてしまった。隣人や知人から根付きの植物 を頂いたものや鳥が種を運んできていつの間にか生えたものもある。柿やグミの木は知人からいただ いて食べた後の種から育ったものだ。

 

私の作品に<一歩>(2004 年) 〔写真 上no.3〕がある。庭に一粒の 種が落ちて新しい生命が根付くように、私が使っている白い紙も庭や畑のようなものではないかと考える。私の制作行為とは画面の上に一粒の精神の種を蒔いて耕すことと同じなのだろう。柚子の実は 薬味やジャム、ポン酢、入浴剤となる。一つ一つの行為は次に繋がっていき、最後には全てがこの自然界の循環運動となっていくのだろう。最近は庭の木々は剪定と追肥ぐらいで歩くところだけ草刈りをする。あとは自然のままにしている。

 

庭

 

庭2

生活環境が制作に影響を与えていることは感じていたが、今回、文章を書くことで自覚するよい機会となった。今は小さな森になってしまったこの「庭」〔写真上no.4or5〕 は、数々の思い出があり、訪 ねてきた人に語るのも楽しみの一つとなった。眺める庭ではなく、生活や制作と一体化した「庭」に なっている。

 

2014 年

ネムの花が咲く6月 内藤 絹子

 

写真、上から順に

[photo no.1]
黒豆畑と古墳。手前が円墳、奥が前方後円墳。2014.6

 

[photo no.2]
<草取りしながら>Kinuko Naito   1995  / 70×140cm

 

[photo no.3]
<一歩> Kinuko Naito2004  / 70×50cm

 

[photo no.4,5]
仕事場の窓から見える庭  2014.6

 

 

内藤絹子 プロフィール
1970 年大阪府生まれ。造形作家。京都精華大学で版画や紙造形を学ぶ。 大阪下町で無名の人々の落書きに触発され、作品制作を始める。1996 年に兵庫県但馬地方に移住。 関西を中心に個展やインスタレーションなどを行いながら、多くの作品を発表する。