NIWA MAGAZINE

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松江の風景と舩木さんの器 文/小川敦子

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舩木さんの器といえば、松江の風景を思い出す。

はじめてお会いしたとき、「僕のテーマは、草の揺らぎなんですよ。松江って、風が吹いてるでしょ、独特の。」と仰っていて、舩木さんと話をしながら、私の意識はかつて松江で感じたとてつもない強風の情景と遠く旅立っていた。私は、12月の真冬の宍道湖の橋を歩きながら、何度も風でよろめきそうになったのだ。「確かに、風が独特ですね。」と返しながらも、私が感じた強風と、舩木さんが品良く描かれるこの揺らぎは、ちょっとイメージ的に、乖離があった。アート性の高い一枚一枚の器。私には、器=絵画に想えて、この魅力的なものが、どんな景色のもと生まれてくるのか、非常に興味があった。

 

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舩木さんのアトリエにお邪魔することになり、まずは、庭を見せて頂いて、衝撃を受ける。本来の目的である、器を見せて頂くことを忘れてしまうほどに。庭、というのは、湖ー宍道湖のことだったのである。アトリエは、宍道湖を一望できる場所にあり、それが庭となっているのだった。ちょこんと置かれた石のベンチ。「中、行きますよ。」という声をかけられなければ、私は、ずっとこの石に座っていたかもしれない。この日は、秋の終わりだというのに、春のような陽気で、心地の良い風が吹く、本当に気持ちのいい日だったのである。

 

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バーナードリーチ、柳宗悦、河井寛次郎ー。民藝運動のメンバーとも強い結びつきがあったという舩木さんの祖父、道忠さん。そうそうたるメンバーが、このアトリエに泊まり、酒を酌み交わしながら、熱く芸術について語り合っていたそうだ。きっと、この窓から見える宍道湖と風景を眺めながら。「今の人たちって、あんまり深く語り合わないじゃない?民藝って、やっぱり深く語り合ってという、そういうものですからね。」

そう、きっと、デザインとかスタイルを超えて、もっと思想をぶつけ合う、熱い場だったのだろう。そんな情景を思い浮かべながら、アトリエにいると不思議とわくわくしてくるものである。

 

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舩木さんの器の土は、宍道湖の砂を使うそうだ。ここで、私は、河井寛次郎さんの言葉を想いだす。土に火を加えることで土から新たな命を生み出す仕事。それが、陶芸家の仕事である、とー。そう、土はその土地の命であり、様々な生命が堆積したものなのである。それを器という形に仕立てていく手仕事こそ、陶芸の世界なのだ。

 

舩木さんは、松江という土地の土と代々受け継がれた釉薬を使うことを、とても大事にされている。「最近の作家は、あんまりそういうことしないよね。」と。違う土地から来て、違う土地の土と釉薬を使う。いろいろな事情がそこにはあるのかもしれないが、非常に不自然で、残念なことのように思える。

 

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アトリエの窓から見える風景ー。

後日、違うメンバーを引き連れて、再びこの場に訪れたとき、そのうちの一人が、床にぺたりと座って、景色をじっと眺めていた。「虹が出てきたよ。」と、その彼の一言で、しばし、誰も話もせず、窓の外を見つめていた。ほんの一瞬だったのかもしれないけれど、とても豊かで長い時間に感じられたのだ。

 

さて、今私の手元には、松江から連れて帰ってきた、舩木さんの草の揺らぎカップがある。そして、窓から見える風景をみなで眺めていた「とき」を想い出すのだ。そんな器、なかなか出会えないものである。

 

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舩木伸児(ふなきしんじ)

陶芸家。島根県松江市、布志名窯元舩木家に生まれる。現在六代目。武蔵野美術短期大学卒業。民藝運動の柳宗悦らメンバーとも深い結びつきを持ちながら独自の作風を展開していった祖父道忠、そのあとを継いでさらに独特の造形力で唯一の仕事を完成させた父研児に続いて、土、釉薬といった素材は受け継ぎながら、やわらかく繊細な作風を生み出している。1984年に茶道具を対象とした公募展の茶の湯の造形展に入選して以来毎年のように選に入る。手びねりで丹念に追求された形、代々受け継がれてきたスリップウエアーの技法、そして細やかな色彩感覚で用いられる釉薬の色合いが独特の作風を生み出して、日本全国にファンをもつ。