NIWA MAGAZINE

  1. exnibition
  2. trip

食と人 vol.8 文/矢沢路恵

image027

 

あたりまえのことが、どれだけ大事なことか。
りんごひとつからだって、学ぶことはあるのだ。

 

母の生まれ故郷、長野。安曇野という場所には、母方の親戚の多くが住んでいる。母の妹である叔母は、私にとって母親のような、自分の姉のような存在。家の庭からはアルプスの山々が美しく見え、雲の切れ間から光が射す。その素晴らしい場所に住んでいる叔母の家へ行くのが好きだ。ローカル線、おいしい食材!に田園風景。年に数回この地へやってくる。東京生まれ、東京育ちの私の、第二の故郷のような。

 

小さい頃から幾度と訪れている場所だが、数年前ある目的のためにここへやってきた。以前働いていたレストランで、りんごジュースを探していたのだ。どこにでも売っているりんごジュース。どこにでもあるという商品自体、なんの疑問もなく買って飲んでいる。パッケージの裏をみると、原材料が国内産ではなく、よその国のもの。さらに濃縮果汁で、100パーセントストレートではない。品質表示の義務は、国で定められているものだ。私達が決めることではないため、自分で判断して購入する。どれが安全なのか、どれを選ぶかは、自分次第なのだ。

 

国内産で、りんご果汁100パーセントのもの。さらに、農薬を極力おさえ栽培されたもの、そしてなるべくなら日常的に買える金額。普通に考えたら、国産のりんごで作ったストレートジュースなのだ。だが、これがいかに大変なことかを思い知った。

 

安曇野へ住む叔母夫婦が若い頃からの知り合いだという、りんご農家の町田さんのところへ連れていってくれた。小高い丘の上に車で入っていくと、あ!あの場所か!小さい頃、不思議な家があるなあと思っていた、あの場所だった。地域の方から一目置かれる、山小屋風の丘の上にあるりんご園、むかしから知っている場所であったが、その畑に足を踏み入れたのははじめてだった。

 

りんごの樹がたくさん植えられた森のような畑から、町田さんがやってきた。スナフキンのような帽子をかぶり、どこかヒッピー風のかっこいいおじさん。笑うと欠けた前歯が愛らしく、日に焼けた肌はいい仕事をしている様を物語っていた。熊除けで飼っている数匹の犬たちが一斉にわんわんと吠えまくり、静かだったりんご園が一瞬にしてにぎやかになった。植わっているりんごの樹は自由な方向にぐにゃぐにゃと曲り、空に手を広げるようにのびていた。地面にはたくさんの種類の雑草。どこか外国のおとぎ話の絵本の中に迷い込んだような、そんな世界観のある畑だった。

 

オーガニックの食品という類が、とても難しい壁であることを知った。土地の気候にあったものをつくることも大切であること、それでもその年の天候に大きく左右されること。町田さんのりんご栽培では、農薬散布回数わずか4回。これはカリフォルニアのりんご栽培において農薬散布回数が通常の1/3に対して、オレならもっと少ない1/4にしてみようということである。日本国内においても通常のりんご栽培における農薬散布回数は40〜50回が普通である。

 

数年前、9月にりんごが赤く実る頃、町田さんのりんご園では10月の収穫最盛期を一週間前にひかえていた。そして、異常気象による急激な気温の上昇により8割が虫食いになり、2割のりんごだけを出荷、虫食いのりんごは全てジュース用に加工された。今年はりんごジュース屋になっちゃったよ、と皮肉まじりの笑いをこめて町田さんは言った。家族5人がりんごジュースでどうやって生活していけばよいのだろうと思ったが、天候のことばかりはどうにもならない。

 

ある時、町田さんがこれにかけているんだ、というりんごをみせてくれたことがある。イギリス品種のグラニースミス。酸味の強い青りんごで、殺虫剤を減ずることができる病気に強い品種だ。数年後には、ほぼ農薬なしで出来ると町田さんは期待している。歩みはのろいが、次世代へつなげるためのささやかな貢献だと言う。未来を見据えて、いま、いかに農薬を減らすことが出来るかを考えていくのが自然農をめざすりんご農家の役目なのだと。

 

そして、このグラニースミスは年が明けた2月頃まで収穫ができる。年内でりんごの収穫を終え、また春がやってきて実の剪定作業をするまで通常のりんご農家は長い冬を休みにする。それを考えると、町田さんはほぼ一年中畑にでていることになる。農作物にとって、最大の肥やしは農夫の足音という言葉がある。町田さんのりんごの樹は、一年中町田さんとともに生きているのだ。

 

なんといっても、町田さんのりんごは内包する宝石のような溢れ出す水分と旨味が特徴だ。小ぶりで手のひらで包み込めそうなかわいいカタチ。これが農薬を極限までおさえた大きさだ。りんごまるごと1個、最後まで食べ終わるとその味に再び驚く。どこの部分を食べても、甘さが均等なのだ。無理に成長させず、徐々に育った証拠だと。樹から枝へ、枝から芯へ、芯から実へ。その芯の太さは、他のりんごとは全く違う強さだった。

 

人と同じ。無理に成長したって、不均等な甘さになる。急激に大きくなれば、芯だってひ弱だ。時間をかけて、自然のままに、強く太い芯になっていく。

 

あたりまえのことが大事ななんて、りんごはわかっていたのだ。
町田さんのりんごから、多くのことを学んだ。
 
**
 
写真は、りんごのキャラメリゼ・高知のバニラアイス添え

タルトタタンを食べたときの衝撃が忘れられず。りんごの焦げたところのなんと美味しいことか。これぞりんごの全て。山食堂では、バターも砂糖も水も使わず、りんごの皮をむき、鍋でひたすら焦がし焼きに。鍋にパンパンに放り込んだりんごが半分以下の量になる。りんごの蜜は偉大である。鍋の半分は自分が食べ、残りの半分はお客様に提供する。
 
 
 
林檎亭(りんごてい)
〒399-8501 長野県北安曇郡松川村3402-4
ringotei@cameo.plala.or.jp
※現在、町田さんのりんごは予約待ち。りんごジュースは通年購入可能。(なくなり次第終了。)山食堂では、りんごジュースの提供、販売。りんごのキャラメリゼは、10月後半くらい〜翌年2月くらいまで。
 
 
 
矢沢路恵
都内数カ所の飲食店でサービスの仕事に従事した後、2014年より料理人であるパートナーの山谷知生とともに、山食堂を前店主より受け継ぐ。飲食店は生産者と消費者をつなぐ役割という考えで、全国各地に生産者をめぐる旅をしながら、日本の地域に伝わる特産を探索する。
山食堂

 

山食堂
完全に家庭料理の店(海のものもございます。)
〒135-0022
東京都江東区三好2-11-6桜ビル1A
電話・FAX 03-6240-3953

都営大江戸線・半蔵門線 清澄白河駅下車 徒歩3分程 深川江戸資料館近く
昼=12時〜14時 夜=17時半〜21時 ※不定休

fbページ
https://www.facebook.com/pages/山食堂/398470866947958