NIWA MAGAZINE

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器を作る。思考する。 vol.9  文/森脇靖

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「物をくふ時」

 

一日も終盤にさしかかり
つまらぬことがきっかけで
ああでもない、こうでもないと
考えに考えながら家に帰ると
夕餉の準備が整い始めている。

 

妻や子の表情からそれぞれの一日を想像する。
そうすると体から離れかけていた魂みたいなものが
フッと体の芯の熱のあるところに寄ってきて
スッと戻ってくる。

 

自分の掛け声で
皆、手を合わせ湯気に向かってお辞儀する。

 

焼き魚だ、糠漬けだと好きな物をとりながら
妻子それぞれが咀嚼する様子を眺めていると
さっき芯に戻ってきた魂が今度は熱く熱を放ちだしている。

 

私はふとある歌を思いだし、箸をはこぶ手を止めた。

 

「たのしみは
妻子(めこ)むつまじくうちつどひ
頭(かしら)ならべて物をくふ時」

 

橘曙覧という人が読んだ歌である。

 

日々おこることは特別なことばかりではない。

もちろん派手なこと

も華やかなこともない。
昨日と今日と何も変化がないような、
そして先週も今週も何の進歩もないような。
しかしその日常の中に私は生き、そして家族も共に生きている。
毎日これといった大きな変化はなく、
家族みなの体調も良く、毎日同じ時間に同じような食事をし
同じように挨拶をして同じように眠る。
これ以上の喜びはあるだろうか。

 

家に帰ると2歳の次男が今日描いた絵を見せに来る。
形になっているようないないような絵を見せながら
たどたどしくも必死に説明する。
5歳の長男も紙を丸めセロテープで補強した
手作りの剣や鉄砲を構えながら、工夫した点などを説明してくれる。
時に図鑑を持ち出しこれを教えてほしいと言ったり
ここを片付けたから見てほしいと言ってくる。

 

いつの頃からか、私にとっての喜びは
単に自身を満足させるものだけではなく
皆で何かしら共有できることへの喜びになっている。
家族皆が満足し安堵していることこそが、親になった私の喜びである。
私の中には人間である自分がいる。
親から生まれた息子という自分がいて、また
結婚し主となった自分がいて、
そして子をもつ父親という自分がいる。
私は一人ではあるが、いつの間にか
様々な視点、立場で物を見たり感じていることになる。

 

私は自分というものを持ちながらも、
家族の中で生きる自分になったのかもしれない。

 

一人だけで感じる幸せもあるだろう。
二人で感じる幸せもあるだろう。
大勢の中で感じる幸せもあるだろう。
今の私は家族の中で感じる幸せ、喜びが素直にうれしい。
それを感じることで自分の血流を、胸の鼓動を感じ、
また傷みも苦しみも湧き起こってくる。
いま自分が生きているんだ、ここで生きているんだと強く思える。

 

様々な感情が一方通行ではなく
この食卓の上で、家の中で行きかっている。
妻と子を見つめることで私は自分が生きていることを実感する。
毎日食卓を皆で囲む時、皆のそばで眠る時、
抱き上げる時、抱きしめる時、
その時々で私は自分一人では作り出せない空気に包まれ
素の姿、裸の自分に戻っていくような気がする。
この場が、この環境があって、そこでようやく
自分は何を喜びとし、
何を美しいと感じるのか、その視点を得ているように思う。

 

 

 

森脇靖

陶芸家。島根県邑南町生まれ。松江高専卒業後、県の工業技術指導研究所で陶芸の基礎を学ぶ。さらに松江在住の陶芸家原洋一に師事。2000年に邑南町にて独立開窯。以降島根県内外で個展を重ねてファンを増やしている。使い勝手が追求されたユニークなネーミングの食器を手がけてきたが、数年前に地元の益田長石を配合した釉薬による独特な肌合いと色彩を完成させて以来、それに合わせて造形にも磨きがかかり、ほどよい緊張感を持った有機的で豊かなフォルムの花器、茶碗皿などを生み出している。日常の暮らしと作陶は常に同じ線上にあると語っているように幼い二人の息子と妻との暮らしを大切にしながら真摯に器作りをしている。

(紹介文/book & gallery DOOR 高橋香苗)

 

森脇製陶所
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