NIWA MAGAZINE

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器を作る。思考する。 vol.15  文/森脇靖

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vol.15  「拭う」
朝食の支度が整った。
手を合わせ、合掌と私が言おうとした時
長男と次男が些細な事で喧嘩を始めた。
一歩踏み出そうとすればいつも何かがおきる。
なかなか収束しない兄弟喧嘩の様子を暫し眺め
声を張ろうとしたその時

 

宝石みたい

 

と、妻が呟いた。何の事かと顔を上げると
湯呑ののった盆をもって立っている妻の目線の先は、
私に抱えられた娘の口元だった。
首が座らず不安定な体に力を入れながら
きょろきょろと目を動かしている娘の口から
よだれが垂れている。
そのよだれに窓から差し込む朝日が丁度当たって光っていたのだ。

 

夜中の授乳で寝不足の妻が嬉しそうに言う。
私はただ驚いた。
一日が動き始める朝食前の騒がしさに閉口し、
さあ今から諭そうかと息を吸い込んだその時に、
妻は娘のよだれを見て綺麗だと言う。
そう言われれば朝露のようにも、宝石のようにも見える。
だが同じ状況に居る中でそのことを感じ口にする妻の心境は
明らかに自分とは異なる。
そこに母親として生きている妻を見たような気がした。

 

子が生まれ、私は親となった。妻も親となった。
しかし父親と母親というものは根本のところで違いがある。
私は自分に父親という名札を付けることで
父親として育っていく部分があると感じるが、妻はそうではない。
体内に命を宿したときから母として
10ヵ月余りの間、子と共に生きてきている。
生まれたばかりのしわくちゃの紫色の赤ん坊を愛おしいと抱きしめる。
母と子は別の人間だが、一つの塊として生きた時期がある。
言葉でもなく表情でもなく
心音や体温や血流でやり取りしていたのではないか。
頭で考えている父親とは違い、自らの体内で育んだ命、
子に対する意識はそこで生まれ、母親になっている。
そんなことを思った。

 

妻が発した一言によって、私も一瞬娘のよだれを美しいと感じた。
しかし次の瞬間、それはやはり私にとっては娘の口から垂れた、
ただのよだれであった。
私が美しいと感じるものは私の外の場所のどこかに存在し探し出すもので
妻が美しいと感じるものは、もっと近くに、
毎日過ごす、この騒がしくて慌ただしい時間の中にあるように思った。
私の気づくことのない美しいもの、ことを
妻はきっと本能に近いところで感じているのだろう。
私の眼差しとは異なる、母親としての眼差し。

 

騒いでいた息子たちの声が止まる。
「ほんとだ」と言いながら二人して私の方に近づいてきた。
私が抱きかかえた娘の口元を家族皆で覗き込む。
ほげぇほげぇと泣き始めた娘の顎をつたって
透明なよだれが再び垂れてきた。
それがぽたりと私の手の甲に落ちる。
奇妙な温かさが皮膚に染み込んできた。
拭ってもその不思議な感触は消えない。

 

森脇靖

 

陶芸家。島根県邑南町生まれ。松江高専卒業後、県の工業技術指導研究所で陶芸の基礎を学ぶ。さらに松江在住の陶芸家原洋一に師事。2000年に邑南町にて独立開窯。以降島根県内外で個展を重ねてファンを増やしている。使い勝手が追求されたユニークなネーミングの食器を手がけてきたが、数年前に地元の益田長石を配合した釉薬による独特な肌合いと色彩を完成させて以来、それに合わせて造形にも磨きがかかり、ほどよい緊張感を持った有機的で豊かなフォルムの花器、茶碗皿などを生み出している。日常の暮らしと作陶は常に同じ線上にあると語っているように幼い二人の息子と妻との暮らしを大切にしながら真摯に器作りをしている。
(紹介文/book & gallery DOOR 高橋香苗 2013.11)

*森脇さんのお宅では、2014年の暮れの頃に、女の子の赤ちゃんが産まれました。

 

森脇製陶所
〒696-0314
島根県邑智郡邑南町岩屋1273-4
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