NIWA MAGAZINE

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器を作る。思考する。 vol.11  文/森脇靖

dec

 

 

vol.11「補う」

 
 

家族というものは常に「1」である。
一つの家族を考えることは、分数に似ている。

 

我が森脇家は今、四人家族である。
私、妻、息子二人、4分の1の役割をそれぞれが担っている。
それを全体でみると、4分の4で「1」だ。
では家族が増えていくとどうなるか。
増えて膨れていく印象があるが、
実際はもう一人家族が生まれ増えても
5分の1ずつを担い、5分の5で「1」となる。
家族が10人だろうと何人だろうと、
少なくても多くても「1」になる。

 

5分の1である私は、父親で、家族の中での役割として
いつも全体の「1」を考えているように思う。
「1」が常に「1」であるように、そのバランスを見たり、
方向性を決め、「1」という家族を俯瞰して捉えている。
家族というのは相互補完で成り立つ「1」である。
皆で一緒に過ごすことによって、各々の役割が生まれ、
無いものを補い合って成り立っている。
決めたり押し付けるという事でなく
出来る者が出来る事をし自分の特性に浸る。
生まれたてのどんな小さな命だとしても、
家族の中の大切な5分の1であり、「1」を保つために必要なのだ。
人員が増えることによって、各自の持ち分が減るわけでなく、
皆が合わさることで家族としての「1」になる。

 

そこで得た自分の特性こそが個なのではないか。
その個を持つことで社会というものが形を成しているように思う。
沢山ある個があっちからもこっちからも集まってきて
社会という枠に入る。
しかしそこは相互補完ではない。
ひとつの個が無くなっても別の代わりの個がいるからだ。
これは明らかに家族の「1」とは異なる。
結局、個というものは家族で生まれるものであって
社会で生まれるものではない。
家族の中で生まれ、自分の役割を知ることで「個」が出来る。
ここで出来た個が社会で繋がっているだけなのだ。

 

子どもは最初「これは何?」と物の名前を覚えるのに必死だ。
名前が付けられた、初めて見る物をひとつひとつ頭に入れている。
物の名を覚えたら、それらがどう動くか、どう作用しているか知りたがる。
物の機能、特性を知ろうとするのだ。
それからだんだんと視野が広がってきて、
その物を使う人、また物が使われる場所、機会を知ろうとする。
単体でしかなかった「物」が何とどのように繋がっているのかが気になる。

 

誰それちゃんのお母さんは、こんな車に乗っていて
人を助けるこんなお仕事をしている、誰々と仲が良い。

 

最近、5歳の長男と話していると、
物と人と社会との繋がりを知ろうとしているように思う。
物と社会、人と社会、自分と社会。
このような年齢の頃から社会というものを捉え、
自分なりに考えていることに、私はハッとさせられた。

 

きっと社会というものを見つめる視点は、
自分自身が持つ「個」から生まれる。
相互補完で成り立った「1」という家族の中で
自分の役割を知る、というのは
自分の特性、自分とは何か、自分は何が出来るのか、を認識することだ。
それは社会に出て学ぶことではなく
幼少期にすでに培われているものだと思う。

 

大人になって個性を求めようとしても難しい.。
それは情報や教育によって、後付でくっついたものにすがるためであろう。
「家族」の中でどのような役割をもち
どのように生きてきたか、という根っこは変えられないのだ。
自身と向き合い、自分とは何かを知ろうとするとき
それは家族の「1」を考えなければ始まらない。

 

 

森脇靖

陶芸家。島根県邑南町生まれ。松江高専卒業後、県の工業技術指導研究所で陶芸の基礎を学ぶ。さらに松江在住の陶芸家原洋一に師事。2000年に邑南町にて独立開窯。以降島根県内外で個展を重ねてファンを増やしている。使い勝手が追求されたユニークなネーミングの食器を手がけてきたが、数年前に地元の益田長石を配合した釉薬による独特な肌合いと色彩を完成させて以来、それに合わせて造形にも磨きがかかり、ほどよい緊張感を持った有機的で豊かなフォルムの花器、茶碗皿などを生み出している。日常の暮らしと作陶は常に同じ線上にあると語っているように幼い二人の息子と妻との暮らしを大切にしながら真摯に器作りをしている。

(紹介文/book & gallery DOOR 高橋香苗)

 

森脇製陶所
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