NIWA MAGAZINE

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器を作る。思考する。 vol.13  文/森脇靖

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vol.13  「後姿」

 

数年前から母校である地元の中学校で卒業式前日に
卒業生を前に話しをさせていただく機会を得た。
教壇から卒業生の顔を見る。
一人一人が違う表情を浮かべ、それぞれの息遣いで座っている。
その視線が自分へと向かってくる。
私は緊張しながら生徒達の顔を見つめ話しを始める。

 

初めて講話の依頼をいただいたのが
自分が中学を卒業してちょうど20年たったときだった。
卒業生を前に、一体何を話せばよいものかと考えたが
難しい事も教訓めいた事も言いたくない。
自身の中にあるものしか、言葉に出来ないと考えたすえ、
目の前の卒業生と同じ教室を後にした15歳の私が
紆余曲折あって、今こうして陶器作りを生業とし
家庭を持ちながら、現在に至っているその20年間を話そうと決めた。

 

卒業から長い時間を経て改めて自分を見つめ直してみると
自分が以前より大きくなったわけでも
華やかな暮らしをしているわけでも立派になったわけでもない。
不安や打ち明けることのできない苦しみだって、
ずっと抱えるコンプレックスのようなものも持っている。
希望や歓びを胸に、時にはしゃいでみたりもする。
今大人と呼ばれる立場になった自分が
全てを乗り越えて、失敗を成功に変えたわけではない。
基本的な部分は今の自分とあの時15歳だった自分となんら変わらない。
むしろ不安や苦しみとまっすぐに向き合って悩んでいる
若い頃の自分の方がまっすぐ素直であった。
大人になると苦しみに蓋をしたり誤魔化したり、
何か別の物をあてがったり、逃げたり、
また進んだように見せかけたり、悩みすら無いんだという顔をしていたり
涙も見せず、悲しみも捨て、「おとな」の顔をして歩いている生物に過ぎない。
大人になって何かが解決するわけではない。
大人だって悩んでいて苦しみもある、不安だってあるんだと、
私は話しを進めた。

 

この先も不安や苦悩だってあるだろうが、それらが自分の歩みを止めることは無い。
悩むことはあっても、大好きな器作りを通して学んだ事は自分の根っこと繋がり、
その部分が自分の背中を押してくれている。
そうして強い気持ちでまた歩みを進められるような気がする。
誰しも社会というルール、ある種の秩序の中で生きていかなければならない。
しかし「自分」という「心」はいつでも自由なのだ。
どんな考えがあっても、どんな悩みがあっても、どんな事があっても
自分というものは、心は、いつでも世界の真ん中にある。
社会の中で自分自身が消えているように感じることがあるかもしれないが
自ら「自分」を見捨てるのではなく、
「自分の心」というものを強く意識することで自分が消えることは決してない。
悩んだっていいんだ。苦しんだっていいんだ。
自分というものを見つめて自分で自分を信じる。

 

名前も知らない卒業生に向かって話していた自分の目に
15歳だった自分の姿が映った。
席に座って、自分の話を聞いている。
いま自分が言葉としているのは、卒業生に向けての講話ではなく、
自分が15歳だったころに、誰か、「おとな」に言ってもらいたかった言葉、
話してほしかった言葉なのかもしれないと思った。
学生だった頃の自分を懐かしむ、過去を振り返るという感覚ではない。
慣れない黒板に文字を書いているのは、
陶土と向き合い今でも必死に生きている自分だ。
その姿を、やり場のない不安でどうしようもなく思っていた15歳の自分が
教室の片隅から見ているように思えた。

 

 

森脇靖
陶芸家。島根県邑南町生まれ。松江高専卒業後、県の工業技術指導研究所で陶芸の基礎を学ぶ。さらに松江在住の陶芸家原洋一に師事。2000年に邑南町にて独立開窯。以降島根県内外で個展を重ねてファンを増やしている。使い勝手が追求されたユニークなネーミングの食器を手がけてきたが、数年前に地元の益田長石を配合した釉薬による独特な肌合いと色彩を完成させて以来、それに合わせて造形にも磨きがかかり、ほどよい緊張感を持った有機的で豊かなフォルムの花器、茶碗皿などを生み出している。日常の暮らしと作陶は常に同じ線上にあると語っているように幼い二人の息子と妻との暮らしを大切にしながら真摯に器作りをしている。
(紹介文/book & gallery DOOR 高橋香苗)

 

森脇製陶所
〒696-0314
島根県邑智郡邑南町岩屋1273-4
電話:0855-83-2177
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