NIWA MAGAZINE

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食と人 vol.15 文/矢沢路恵

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喫茶への憧れは、こどもの頃から常に想っていた。たべることに興味があることと、たべるものを提供する店のにおいや空気や雰囲気そのものが好きだったように想う。特にコーヒーの香り漂う喫茶には。

 

簡単に言うと、家で食べられるものである。美味しく焙煎されたコーヒーやトースト、フロートにチーズケーキ、ナポリタン。それが喫茶で食べると、極上のものに感じる。家ではなく、喫茶。よそでお金を使う事が、こんなに楽しいことかと。その雰囲気の中で食べるのが、楽しいのである。

 

コーヒーは、飲めれば何でもいいと思っていた。そこまで味にこだわりはない。地球の危機がきたら好き嫌いなど言っていられないのだと、何でもあるものを美味しく食べると教わってきた。その為、こだわりというものは大人になってから知った。

 

コーヒーの奥底の旨味を知ったのは、数年前だった。当時、青山の飲食店で働いており、18時からの出勤時間の前に表参道を歩くのは気持ちがよかった。1時間ほど前に街にでて、喫茶に入って読みかけの小説を読んだり、スケジュールやシフトを確認するためにコーヒーを一杯飲んでゆっくり過ごした。

 

いまはなき、大坊珈琲店。扉をあけると、静かにコーヒーをいれている大坊さんがこちらをみて、低い声でいらっしゃい、と言う。壁にならんだ小説は、飴色の茶色に変色していた。奥のテーブル席では打ち合わせをしているお客さん、カウンターには数人の常連さん。左から三番目の席に座り、ここでいつも20グラムの豆のコーヒーを一杯。三度に一度くらい、チーズケーキをつまんだ。

 

はじめて、大坊さんのコーヒーを飲んだとき、私の目に涙がいっぱい浮かんだ。美味しい、と心の底から思った。あまり偉そうなことは言えないが、若い人がつくる料理と、歳を重ねた方がつくる料理の重みは違うと感じる。それがそんなに高級で賞をたくさんいただいたものでも、つくり手の顔がみえないものでも、つくった人の年齢を感じるときがある。美味しい、美味しくないではなく、年齢を重ねないとだせない味を、私は味わう事ができたのである。

 

経験がものを言う世界なのか、個性なのかはわからない。好き、嫌いの好みも勿論ある。カウンターの向こうでザルにあけたコーヒー豆を、一粒ひと粒しっかりと目を近づけて選んでいる大坊さんの姿を見ていると、毎日同じ事を素直にあたりまえに、ずっとやってきたことに意味があるのだと感じた。1975年の開店、私がうまれた年だ。私がうまれてから、いままでずっと、やってきたのだ。

 

あるとき、いつものように店に入ると、テーブル席、カウンターにもお客さんがいっぱいだった。カウンターの真ん中の空いている席に座った。隣同士、いっぱいのお客さん。私はいつものように、読みかけの小説を読んでいた。カウンターの奥から、大坊さんの低い声が聞こえた。「そろそろ、そのへんでやめていただけませんか」。店中のお客さんが、顔をあげてそちらを見た。長時間タブレットで何か検索している女性。すみません、と慌ててタブレットをしまう。それを見ていたカウンターのお客さん全員、慌てて携帯電話をしまう。

 

コーヒーとは、喫茶とは何なのか、考えてしまう。マナーとは、常識とは。デジタルが何不自由無くありふれたこの時代で、喫茶とは何なのか。風がふいて気持ちがいいこと、コーヒーが美味しいこと、次の休みにはどこへ行こうか、今夜なにを食べよう。楽しいことは無限にある。自分の生活の中にある喫茶、一杯のコーヒーを飲むしあわせを、歳を重ねて感じていたい。

 
 

写真は、コーヒーフロート。
山食堂では、恵比寿西にある自家焙煎珈琲の名店「ヴェルデ」のコーヒーを使用。ヴェルデの焙煎職人でオーナーでもある宮下さんは、山食堂のほど近くにお住まいのため、いつも美味しいコーヒーを届けてくださる。ミルクにあわせて飲んでいただくよう、深みのある、濃くてしっかりとした旨味のあるコーヒー。高知のバニラアイス、北海道のてん菜糖シロップとあわせて、初夏の日差しでカラカラに乾いた喉を潤すには、もってこいのドリンクメニュー。

 

 

自家焙煎珈琲 ヴェルデ
店内で飲めるコーヒーは、オリジナルブレンド以外に南米、インド、アフリカなど、コーヒーの名産地別にオーダー出来る。クールな宮下さんのお人柄もありつつ、きちんと焙煎され、しっかりとした旨味のあるコーヒーは、毎日飲んでも飽きのこない力強くコクのある味。あわせていただきたいシフォンなどのスイーツもおすすめ。豆の販売も可能。
10時〜20時(日・祝13時〜)
東京都渋谷区恵比寿西1-20-8
tel:03-3496-1692

 

矢沢路恵
都内数カ所の飲食店でサービスの仕事に従事した後、2014年より料理人であるパートナーの山谷知生とともに、山食堂を前店主より受け継ぐ。飲食店は生産者と消費者をつなぐ役割という考えで、全国各地に生産者をめぐる旅をしながら、日本の地域に伝わる特産を探索する。

 

山食堂

 

山食堂

完全に家庭料理の店(海のものもございます。)
〒135-0022
東京都江東区三好2-11-6桜ビル1A
電話・FAX 03-6240-3953

都営大江戸線・半蔵門線 清澄白河駅下車 徒歩3分程 深川江戸資料館近く
昼=12時〜14時 夜=17時半〜21時 ※不定休
https://www.facebook.com/pages/山食堂/398470866947958