NIWA MAGAZINE

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食と人 vol.19 文/矢沢路恵

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誰かの言葉や、思いがけない景色が、ずっと心に残っている。それがひとつひとつ積み重なり、自分の大きな部分を形成していく。私の身体や心は、誰かの言葉や思いがけない景色で出来ている。

 

 

少し遅めの夏休み、フランスにワインの仕込みの手伝いに行くか、青森の奇跡のりんごと呼ばれる木村秋則さんの畑へ行くツアーに参加するか、究極の選択にせまられた9月初旬。どちらを選んでも、どちらを断ってもおかしくない。またどちらを捨てても後悔する。結局、パスポートを持っていないという理由で、木村さんの畑へ行くべく青森まで旅立った。

 

 

あのりんごの畑へ 行けるのだと、移動中のバスの中はツアー客の熱気で盛り上がっていた。せっかくなので自己紹介をと、ツアーを開催した会社のスタッフから参加者へ次々とマ イクがまわってくる。自己紹介の中で生産者なのか、その会社が経営する八百屋のお客さんなのか、一般人で木村さんの畑に興味がある人なのか、お互いにひと しきり知れ渡ったところでまた盛り上がる。後ろの方からとなりの座席同士で話している人の会話が聞こえる。「うちの畑で作っている小麦で妻が今朝パンを焼 いてくれたのですが、おひとついかがですか。」と、ハイジの映画にでてくるような、まんまるいふっくらと美味しそうに焼き上がったパンが袋にいっぱい詰 まっていた。そのパンのいい匂いが、前の座席までふわ~っと、風にのってやってくる。「すみません、ひとつください!」と思わず挙手し、ずうずうしくも、 ひとついただいた。まわりの座席の参加者も、僕も!私も!と、小さくちぎってまわりのみんなで分け合った。

 

 

その小麦は「はるゆたか」という品種で、その当時は北海道や東北地方、また全国でもごく一部の生産者しか作っていない小麦だった。そのパンをいただいた生産者の方は、栃木で自然栽培をされている田村さんという方だった。自然栽培について国内で最も詳しいのは、木村さんだけなのだ。というより、何度も苦労して、木村さんがその栽培方法を見つけ出した。また、その畑へ行けるのは特別なことだった。生産者にとっては栽培方法を学習すべく、藁をもすがる想いで参加していたことになる。同じ目的で、同じ意思でその畑に行くという事は、大きな意味があるのだと青森行きを選んでよかったと思った。

 

 

ツアーバスが青森 の木村さんの畑に到着した時、テレビ局の密着取材のクルーがカメラを回していた。某テレビの、プロとは何かを問うあの人気番組だ。私達は全国より集まった 初のツアー客として、早速りんご畑へ案内された。土がふかふかであたたかく、りんごの樹はねじれたようにぐにゃぐにゃと曲がって好きな方向へのびている。 足元にはいろんな種類の雑草や花が、自然生態系そのままの姿で、あちこちに咲いている。

 

 

木村さんのりんご畑と言えば、数十年前に農薬散布をやめて以来りんごの花が狂い咲きし、ついにりんごがならなくなり、周囲からは馬鹿にされ借金で首が回らず、自殺しようと山に入り首を吊る為のロープを枝にひっかけようとした際に、山の木々に実がなり紅葉し、また春に花を咲かせ葉をつけるのは何故か。農薬も肥料も撒いていないのに自然はそのまま生きていると、思わぬところで気がついた。もう一度生きる決意をしたが金も仕事もないので、月の満ち欠けや季節毎に咲く花や草、毎日何かをずっと考えた。

 

 

いつも歩いているたんぼの脇道で「この稲の植わっている土の中は、どうなっているのだろう。」と思うと、稲を掘り返し、土の中の稲の根の状態を調べた。そうしたら驚く事に、地表と地 下の稲の長さは同じ、さらに同じ方向でのびていたのだと言う。また、別の雑草の根っこの部分も気になった。それも掘り返してみたら、稲と同様、同じ方向に同じ長さにのびていた。地表部分が縦に長いのであれば根っこも縦に長く、横に広がってのびていれば、根っこも横に広がってのびている。割り箸と糸を土にさ し、植物がのびる角度と方向を何日もかけて計ったところ、太陽と同じ方向に7cmまわりながらのびていること、葉の裏の葉脈を見れば木がどの方向に幹をのばすかわ かること、全て木村さんが根気よく調べた結果だ。「何もやるごとがながったがらなあ。」と、治療代もなかったために前歯がほとんどない、愛くるしい笑顔で 木村さんは笑った。

 

 

資料のため、ツアーを開催した会社のスタッフが畑の土の中に硬度計をさす。驚いたのが地表部分の温度と地中の温度、ほとんど変わらない のだ。通常の畑は農薬や肥料を撒き、それがうねりうねって地表より16~20cmほどの地中部分で 停滞する。ちょうど植物の根をはる部分がひどく冷え、作物がうまく育たない。みんな地表にでている上の部分しか見ていないので、そこへ農薬や肥料を撒き、 大きく育てようとする。その悪循環の繰り返しにより、土がカチカチで固くなるのだ。木村さんの畑は地表温度が20度だとすれば、10cmほどの地中温度は19度、20cmほどの地中温度は18度ほどである。あたたかい布団の上と冷たくじめじめした布団の上、どちらで寝たいかということ。また人間同様、根がはっていないと身体もひ弱になるということ。

 

 

りんご畑の近くには岩木山が、とうもろこし畑の向こうにそびえ立つ。「嶽(だけ)温泉」というその場所へ、ツアー客は宿泊することになっていた。温泉宿の向かいには、「嶽きみ」と呼ばれるこの地方名産の糖度20度ほどもあるという、きみ=とうもろこしを売る店が並んでいた。くってけくってけ、と観光客目当ての商売人のおばちゃんたちは、試食のきみをこれでもかというほど手を伸ばし試食させた。フルーツのように甘いそのきみは、何度食べても 飽きない旨味がぎっしり詰まっている。ツアー客の中には、箱で購入してお土産にする人も多かった。バスでもほとんど寝ず、期待で胸がふくらみ畑を散々めぐったあと、温泉に入りビールを飲んだ頃にはもう眠たくなっていた。

 

 

翌朝ツアー最終 日、再び木村さんのりんご畑へ。ふと、木村さんが自分の畑に咲いていたタンポポを根っこごと掘り返し、となりの農薬散布されたりんご畑に咲いていたタンポポの横へ埋めた。あきらかに大きさの違うタンポポ。木村さんの畑に咲いていたタンポポは大きくのびのびと育っており、葉も茎も太く、花びらも大きかった。 「何故、このふたつのタンポポは大きさが違うのだと思いますか?」と木村さんが質問した。みんな、根粒菌が違うとか、肥料の有無、農薬散布回数、除草剤の 使用など次々と意見がとびかい、ひとしきり結論がでたあと、木村さんがこう言った。「こっちの畑で育った方が、タンポポが気持ちいいと思うんじゃないのかなあ。」その場に30人程いただろうか。木村さんのその答えに、誰も何も言わず。ただ風にゆれて咲いている、そのタンポポだけをみんなでじっと見ていた。

 

 

帰りのバスの窓の外には大きな岩木山がそびえ立ち、何キロも続く嶽きみ畑が連なっていた。何よりそのものに寄り添う木村さんの姿を、ずっと心の中に残して生きている。

 

写真は、とうもろこしのかき揚げ

生のとうもろこしを包丁の刃でバラし、水で溶いた天ぷら粉をつけて揚げる。(衣が多いと油を吸い仕上がりがさくさくしないので、衣は少なめに。)軽く塩をふる。たったそれだけのことでとうもろこしの旨味を最大限に味わえる、最高の一品に。

 

矢沢路恵
都内数カ所の飲食店でサービスの仕事に従事した後、2014年より料理人であるパートナーの山谷知生とともに、山食堂を前店主より受け継ぐ。飲食店は生産者と消費者をつなぐ役割という考えで、全国各地に生産者をめぐる旅をしながら、日本の地域に伝わる特産を探索する。

 

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山食堂

完全に家庭料理の店(海のものもございます。)
〒135-0022
東京都江東区三好2-11-6桜ビル1A
電話・FAX 03-6240-3953

都営大江戸線・半蔵門線 清澄白河駅下車 徒歩3分程 深川江戸資料館近く
昼=12時〜14時 夜=17時半〜21時 ※不定休
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