NIWA MAGAZINE

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食と人 vol.2 文/矢沢路恵

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釜石は、鉄の街だった。

新日鐵の煙突からは、24時間稼動している工場からの煙があがっている。

 

壮絶な想いを超えてきた街だった。2011年3月11日、東北地方を襲った大地震による津波の被害は、悲惨な爪痕を残していた。三陸の海はほとんど全てが、壊滅的な状態。

 

大槌町の海はキラキラと輝いており、季節はわかめの最盛期。茶色のわかめを熱湯にくぐらせ、エメラルドグリーンに色が変わる。肉厚で旨味が強く、しゃぶしゃぶにしてポン酢をちょいとつければ、喉をつるりと通った心地がなんともいえない。

 

鵜住居地区の仮設店舗にある「かあちゃん」というごはんやでわかめ料理をいただき、そこで働く浜のお母さんに出会った。雪がちらつくなか赤ん坊を背負い、お母さんたちは浜で輪になってわかめの芯抜き作業をする。そうやって手塩にかけて育てた娘も、大槌町の町役場で津波に流されてしまったんだよ、という。みんなで泣いて食べたわかめの味を、涙とともにかみしめた。

 

昇ってくるオレンジ色の朝日、潮騒の音。ここに住む人は、それが自分の身体の一部のようになっているのだという。三陸地方のどこへ行っても、わかめのしゃぶしゃぶの話しを聞く。しばらくして気づいたのだが、それは春の訪れなのだと。

 

長く寒い冬が過ぎ、東北の春はやっと訪れる。最盛期の2月でも、まだ春はやってこない。待ちわびるのだ、春を。どこか遠いところに想いながら、待ち続ける芯からの力強さを知る。

 

復興への応援をすべく向かった東北、こちらが応援しなければならないと思っていた感覚は、いつしかどこかへ消えていた。寄り添うのだ、こちらから。寄り添ってくれるんだ、みんな。この地に生きているんだ、みんな。応援するもなにもない。この地で普通に生きているんだ。こちらが、その生活の断片をみているだけなんだ。私がその生活を支えてあげているわけではないのだ。

 

その想いは日々の食卓へ。今宵も山食堂の皿の上を彩るのは、三陸のわかめだった。

 

写真は、若竹煮(山食堂にて)
米糠と鷹の爪を入れ下茹でした筍を出汁、薄口醬油、味醂、塩、昆布で炊き、水で戻した若布と合わせ、一緒に煮る。海で若布が採れる頃、山には筍が顔をだす。春を味わう出会いものの料理。現在、山食堂で使用の若布は、岩手県宮古市の田老町漁業協同組合の「真崎わかめ」。http://www.masaki-wakame.com/

 

 

 

矢沢路恵

都内数カ所の飲食店でサービスの仕事に従事した後、2014年より料理人であるパートナーの山谷知生とともに、山食堂を前店主より受け継ぐ。飲食店は生産者と消費者をつなぐ役割という考えで、全国各地に生産者をめぐる旅をしながら、日本の地域に伝わる特産を探索する。

 

山食堂

 

 

山食堂

完全に家庭料理の店(海のものもございます。)
〒135-0022
東京都江東区三好2-11-6桜ビル1A
電話・FAX 03-6240-3953

都営大江戸線・半蔵門線 清澄白河駅下車 徒歩3分程
深川江戸資料館近く
昼=12時〜15時 夜17時半〜21時半 ※不定休

fbページ
https://www.facebook.com/pages/山食堂/398470866947958