NIWA MAGAZINE

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食と人 vol.21 文/矢沢路恵

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戌井さんと知り合ったのは、いつの頃だっただろうか。私達が山食堂として、山梨の津金一日学校で給食をつくったときに先生をしていたのが戌井さんだった。先生が誰なのかを知る事よりも、私達にはそれよりも重要で責任の重い使命が課せられていた。80人前の給食を作らねばならないこと、そこに集まったスタッフのみんなに料理の行程をお願いすべく指示を出さねばならないこと、怪我も事故もださずに、全てが滞り無くスムーズに終わらせることが目標だった。2階の教室で先生が小学生に風変わりな授業をしている間に、一階の調理場では戦場のように調理をしていた。

 

東京から山梨へ着いたとたんに仕込みをはじめ、前の晩からあまり寝ておらず、ワークショップ当日も早朝より調理をはじめた。お昼に給食を間に合わせ、子供達、授業参観している大人、先生達、スタッフと総勢80人前を作って後片付け、終了後の打ち上げの料理までやり終え、その日のうちに東京に戻るので夕方過ぎたときにはもうくたくただった。

 

戌井さんのこともよく知らないまま、韮崎駅に向かうスタッフの車に同乗させてもらい、駅に着き電車を待っていた。戌井さんが一時間はやく帰りたいと言うので早めに駅に向かったのだが、韮崎には停まらない電車だった。私達は車に同乗したというだけで一時間待ちぼうけを喰うことになり、ただでさえ疲れた身体のうえ駅で待っていようがいまいが結局一時間は待つ事になるので、駅前の居酒屋に行きましょうと、いまはじめて知り合った戌井さんに誘われ、私達は三人で酒を飲み電車の時間まで待つことにした。

 

仕切られた半個室のようなとこに通され、はじめまして、というような会話をした。「戌井さんは何をされている方なのですか?」と、お聞きしたところ「小説家です。」という答えが返ってきた。この時のことを思うと、私達はなんて失礼なことを聞いてしまったのだろうと後悔する。それまで文学も小説もほとんど読まず、世間知らずでここまできた自分達の無知さに呆れてしまう。ちょうど池袋のあうるすぽっとで『季節のないまち(山本周五郎原作)』の舞台の脚本を手がけ、よかったら観に来て下さいと言われたので、せっかくのご縁なので昼の公演に伺い、その舞台と脚本と役者さんと全てが非常に素晴らしく、えらく感動して帰ってきた後、また色々なご縁に相まってたくさんの方々と知り合うこととなった。

 

ある秋の日、もの凄く風の強い横殴りの雨がガラス扉にたたきついてガタガタと大きな音をたて、恐ろしいことがこれからやってくる前兆のような日があった。山食堂の扉が空いた瞬間、外に吹きすさぶ風が一気に店の中に流れ込み誰かが入って来たと入り口に目をやると、そこに戌井さんがたっていた。何故?なぜこんな日に?と思ったのだが、あのとき山梨のワークショップでたまたま知り合っただけの私達にわざわざ会いに来てくれたことが何より嬉しかった。むかし浅草や上野あたりの下町に住んでいたことがあって、東寄りの川が流れるこの地域のことについて詳しかった。戌井さんの小説にでてくる主人公の行く先々に、私がいつも歩いている風景があった。

 

蔵前のみのりさんとこで鍼治療してもらった後、合羽橋で店の備品を買うべく浅草へ向かう。隅田川沿いの遊歩道は夏に爽やかな風が吹き、冬にはあたたかい陽のひかりを誘う。遠くに感じていたスカイツリーが次第に大きく見え、川にはいくつもの橋をくぐり、いろんなデザインの船が通る。松本零士の船に乗ってみたいなあと思っていたのに、いざその船が自分の目の前を通ると見ているだけで満足して、急に現実に引き戻され雷門の手前でお腹が空き、薮で蕎麦をすするか三定で高いけどすぐ出てくる天丼にしようか迷うのがいつものこと。

 

雷門前の交差点では人力車の呼び込みで若い兄ちゃんが観光客に声をかけている。毎度のことながら素通りし、国際通りまででて八つ目うなぎを曲り、ROXあたりでやっぱりパフェ食べたいなあと思い、演芸ホールの通り歩き馬券場を抜け、花やしき横の西参道にあるフルーツパーラーゴトーで季節のパフェを食べる。行く度にひとりでパフェ2つとジュースとカットフルーツの試食とを勉強のため食べて帰るので、たまにカウンターに座ると時季のフルーツを一口ずつ出してサービスしてくれる。浅草ビューホテル脇を通り、合羽橋で用事を済ませてまた蔵前まで戻る途中、演芸ホール、伝法院通りを通り、公会堂あたりで日も暮れてきて一杯やりたくなる。

 

鍼の先生のみのりさんは浅草が地元、高級なおいしい店よりも、ちゃんと職人の仕事がなされていて、地元に根付き、地域に長年愛されている店が好きなのでグルメ雑誌に載らないような、観光客が行かないようないい店をたくさん知っている。私とたいして歳が変わらないのに鍼の腕前も相当なもので、昨年の秋、働きすぎて左肩が腱鞘炎になり、寝ても覚めても痛みがずっと続き憂鬱で、もう明日まで我慢できないくらいの痛さになってしまい、駆け込みで治療してもらい、それからのお付き合いである。体がもとに戻ろうとしているのか、鍼治療の後はいつもだるいというか、眠いというか、寝る寸前の最高に気持ちいい状態がずっと続いて全く仕事にならないので、午後は何も予定をいれないことにしている。休みの日の駒形巡りは、私のゴールデンコースである。

 

夕方になってまた小腹が空き、六区通りにある寿司屋とつながっている呑み屋のアジフライか、公会堂近くの揚げ餃子か、浅草通り田原小裏の干し海老たっぷりの担々麺か、迷っていること自体が至福の時である。出来れば3日前から迷っていたいくらい幸せだ。悩んだ末、公会堂近くの野菜たっぷりの揚げ餃子にレモンサワー、ふわふわのかに玉と太麺の塩焼きそばまでかきこんだ。

 

はじめて会った時には誰かも知らなかった戌井さんの小説の風景は、私がいつも歩いている下町の日常だった。酉の市も終わり、年の瀬へ向かう浅草の街は、活気があり人々が足早に通りを抜ける。呑み屋のカウンターに腰掛け、本を読みながら瓶ビールとポテトサラダをつまんでいる文章をたどると、この姿は完全にいまの私ではないかと、現実と小説の狭間を楽しむのであった。

 

 

*

 

写真は、塩鮭入りのポテトサラダ

塩鮭をあらかじめ焼いて、ほぐしておく。じゃがいも、人参を蒸してつぶし、あついうちにフレンチドレッシング(オリーブ油、酢、塩、胡椒、砂糖、)と粒マスタード、塩、胡椒と塩鮭をほぐしたものをまぜあわせる。冷めたら玉葱をスライスして水にさらした後、水気をきったものと、胡瓜やハム、マヨネーズとあわせる。

 

写真/岩澤修平【岩澤写真事務所】

 

●小説/映画『俳優・亀岡拓次』

川端賞作家、戌井昭人原作。2016年1月30日(土)テアトル新宿ほか全国ロードショー。37歳、独身。職業は脇役、趣味はさびれた飲み屋で一人お酒を楽しむこと。俳優・亀岡拓次の酒と仕事と恋。諏訪で、山形で、モロッコで大活躍!

http://kametaku.com/

 

●小説『のろい男—俳優・亀岡拓次』

「俳優・亀岡拓次」より三年後、その後を綴ったはなし。地方で、海外で、40歳になった亀岡拓次の役者人生を追う、一冊。

 

●参考図書

『まずいスープ』、『ぴんぞろ』、『松竹梅』、『ひっ』、『すっぽん心中』、『どろにやいと』。全て戌井昭人著。

 

矢沢路恵
都内数カ所の飲食店でサービスの仕事に従事した後、2014年より料理人であるパートナーの山谷知生とともに、山食堂を前店主より受け継ぐ。飲食店は生産者と消費者をつなぐ役割という考えで、全国各地に生産者をめぐる旅をしながら、日本の地域に伝わる特産を探索する。

 

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山食堂  完全に家庭料理の店(海のものもございます。)
〒135-0022 東京都江東区三好2-11-6桜ビル1A 電話・FAX 03-6240-3953

都営大江戸線・東京メトロ半蔵門線 清澄白河駅下車 徒歩3分程
深川江戸資料館通り沿い・深川江戸資料館斜め向かい側交差点より五軒目

平日・夜=17時半〜21時(ご予約優先)
土日祝・昼=12時〜売り切れ迄 夜=17時半〜21時半(夜はご予約優先)
※不定休

※ 年内営業は12月27日(日)迄。
新年1月2日(土)・3日(日)の2日間は12時〜18時迄の特別営業。
【平宗の柿の葉寿司のみ】

通常営業は、1月6日(水)夜より。
https://www.facebook.com/pages/山食堂/398470866947958