NIWA MAGAZINE

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食と人 vol.23 文/矢沢路恵

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2013年の2月、もう三年も前のことになる。気仙沼のすがとよ酒店へ向かい、その帰り仙台へ戻る途中に一関のジャズ喫茶ベイシーに寄る為に、電車を降りた。特にジャズが好きだったわけでもなく、観光ついでにということも有り得ない旅の目的だったので、無理に行くことはなかった店だった。当時働いていた青山のガンヴィーノのシェフに、東北へ行った時もし一関に寄る事があったなら、ベイシーの菅原さんへよろしく伝えてくれと言われたからだった。

 

当時、岩手めんこいテレビ主催の復興支援ツアーというものに応募し、震災後二年経った被災地をまわるツアーがあり、親戚も知り合いもいないまだ見ぬ土地に行く事となった。当選したのは第二希望の釜石・大槌町だった。第一希望の陸前高田・大船渡には知り合いの店があったため、一度会いに行ってみたいと思っていた。復興支援に行く事が目的だったので、むしろ知らない土地に行く何かの縁なのかもしれないと思った。せっかく行くなら東北を一週間かけてまわろうと思った。ただ、震災後二年というのはまだまだ復旧できていない状況で鉄道もまだはしっておらず、えらい遠くまでバスで移動することとなった。

 

仙台から大船渡、大船渡から気仙沼をバスで移動。すがとよ酒店の文子さんに会いに行き気仙沼で被災した宿に泊まり、翌朝気仙沼からまた仙台へ戻る前に、すがとよ酒店奥のベンチで地元のアンカーコーヒーをいただいた。文子さんがwatoちゃんからバレンタインデーのチョコクッキーが届いたから一緒に食べようと言い、watoちゃんは一関ベイシー菅原さんの娘さんだよ、と。東京でシェフから聞いたベイシーのことを思い出した。気仙沼から大船渡線の電車に乗り、やはり一関で途中下車しようと考えた。

 

少し電車が遅れたため、一関に着き街中のお目当ての牡蠣を提供する店には間に合わなかった。一週間分の重い荷物を背負って移動するのは、なかなか体力のいることだった。森は海の恋人と、海を綺麗にするにはまず森を育てねばならないと植樹運動をされている畠山さんの牡蠣を出す店だった。またいつかこの街を訪れたときに行けばいい。旅はそんなものだ。

*
運良く、ベイシーはその店の近くだった。ネットで調べたら、何時に開くかわからない。営業時間というものがないそうで、空いているか空いていないかもわからない。ここも空いていなかったらすぐ仙台へ戻ろうと思っていた。それくらい何も無い街、というより普通にある地方の町並みだった。ゆっくり歩いて散策しても良さそうな街だったが、なんせ荷物が重い。お腹もすいて、牡蠣も逃した。住宅街のなかにある喫茶だったので場所がよくわからず、何度も近くを通り過ぎた。やっていないかなあと様子を伺っていると玄関の灯りがついていた。昨夜の消し忘れでもなさそうだし、ドアを開けたら普通に空いた。恐る恐る中へ入っていった。

 

薄暗い店内にはジャズが大音量でかかっており、ソファが並んでいる奥の壁にはとても大きなスピーカーが見えた。入って右側にはレコードや本やらが山積みになっているテーブル、そこにこの人が菅原さんかなあと思うようなダンディーな男性が椅子に座って煙草をくわえていた。左側の客席と思われるソファにはおばちゃんが座っており、多分ジャズが好きなんだろうなあという視線で大音量が流れるその大きなスピーカーを見つめていた。少し奥の角の席に座った。

 

背負っていた重い荷物をよっこらしょとおろし、メニューも何も無くただ灰皿だけが置かれたローテーブルをながめていた。この大音量のなかで呼ぶ事もオーダーすることも出来ずにいたら、しばらくして菅原さんがやってきて、コーヒーとお菓子がのった木の皿を持って来た。そのお菓子もなんて事の無い袋詰めされたおせんべいやらチョコレートやらがはいっており、これはいったい帰りにいくら請求されるのだろうと嫌な緊張感がはしった。となりのおばちゃんをみていると、ずっとスピーカーをながめてうれしそうにコーヒーを飲んでいる。

 

これでは菅原さんにシェフからよろしく伝えてくれと言われたことも話せないかもしれないと思い、もっていた時刻表をプリントした用紙の裏に、これこれこういう事情で東北に来た事、ガンヴィーノの遠藤シェフがむかしオーバカナルで働いていたときに菅原さんと仲が良かったこと、私はいまから仙台に戻らねばならないことなどを書き記した。コーヒーを飲み終わって、荷物を背負いごちそうさまと言っていま書いたその紙を手渡した。

 

菅原さんは不思議そうな顔をして、かけていた眼鏡をずらしてその手紙を読んだ。最後まで読み終わるとちょっと待ってと言い、仙台へ行く電車の時間はずらせないのかと聞かれた。夜までに戻ればいいので、少しならずらせますと私が言うと、レコードや本が山積みになっている奥のテーブルに案内された。テーブルでは何か書き物をしていたようで、私の座る前辺りにあった紙やペンを端に寄せて話し始めた。

 

手紙に書いた内容を確認するように、私はその日はじめて会った菅原さんと緊張のなか会話をした。まさかここで直接話しが出来るとは思わなかった。今日は13時に水道工事の業者が来るからと、店を開けていたのだと言う。いろいろな偶然が重なり、ここへ来られてよかったと思った。その日はちょうどバレンタインデーだった。菅原さんにチョコ食べる?と聞かれ、はい食べますと答えた。もう食べきれないくらい貰っちゃってねえ〜などと気の利いたおやじのジョークで笑わせてくれたりもした。さっきまで気仙沼にいて、すがとよ酒店の文子さんにwatoちゃんから貰ったクッキーを食べたと話したら、アイツ俺には送ってこないのになあと。

 

watoちゃんの名前は、音のワットからきているようだった。JBLのスピーカーの社長さんから、自分が持っているオーディオよりも音がいいと言われそのオーディオに惚れ込み、何度もアメリカからこの店にやってきたのだと言う。菅原さんたち家族も何度もアメリカに呼ばれていったのだと。そのころは東京でジャズのライブを大きなホールでやるにも料理をしてくれる人がいなく、ガンヴィーノのシェフが原宿のオーバカナルにいた時代に料理を出し、一緒に飲み明かしてよくつるんでいたことも。ベイシーでもよくライブをやっていると聞き、名だたる日本のジャズ演奏者がこの場所でライブをやっていると聞いた。

 

特に東北ジャズ喫茶のつながりは強いのだと言う。カウントベイシーオーケストラが平泉にやってきて、ライブをしたときには東北のジャズ喫茶が一同に集結したのだと言う。明日は釜石、明後日は大槌町へ行く事を伝えると、釜石のタウンホールというジャズバーを紹介された。震災のときは一階の天井まで津波が押し寄せ、タウンホールは2階の店舗だったので助かったのだと。街中のホテルサンルートの角を曲り、坂を上がってしばらくすると右側にあるから、と言われマスターの金野さんの名前まで聞いた。

 

大槌町にはクイーンというジャズ喫茶があったが海からすぐの場所にあったため、店ごと流されてしまったという。昨夜気仙沼で食べた若布のしゃぶしゃぶのことを話すと、あれうまいんだよなあ、茶色が緑に変わって。震災前は当たり前に美味しいものを食べていたんだなあと感じる、二年経ってやっと若布が復活して、そういうことを感じるのだと。

 

気がついたら、ふたりで二時間もここでお喋りをしていた。店をでるとき、玄関先で菅原さんにぎゅっと強い握手をされ、また来てね、元気で。と言われた。誰かと別れ際に握手をするって、いいことだなと思った。最初は静かでダンディーな大人の男性だと思っていた菅原さんが、建物を曲がって私の姿が見えなくなるまで思いっきりの笑顔でずっと手を振っていた。

 

東北に来ていなければ、きっとここへ来る事もなかったのだと思う。
遠く離れていても元気でいるだろうかと、あのときの事を思い出す。
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ホットスパイスチョコレート
バレンタインデーにはじめて会う人にチョコレートを渡すのもなんだなと思い、何も持たずにベイシーに行ったら、思いがけず菅原さんからチョコをいただいてしまった。ベイシーのことを思い出しながら、寒い日に飲みたくなるホットチョコレート。

 

ココアパウダーをティースプーンに2~3杯、牛乳を鍋に入れ、火にかける。シナモンスティック、アニスをマグにいれ、熱々のホットチョコレートを茶こしで濾しながらマグに入れる。好みの量の蜂蜜を足し、混ぜる。(砂糖よりも蜂蜜の方が味がマイルドに仕上がる。)

 

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菅原正二
1942年岩手県生まれ。早稲田大学在籍時に“ハイソサエティー・オーケストラ”でバンドマスター、ドラマーを務める。その後もドラマーとして音楽活動を続けた後、1970年に郷里である一関市にてジャズ喫茶ベイシーをオープン。(SWITCH2015.5より)

 

気仙沼すがとよ酒店
NIWA-MAGAZINE 食と人 vol.7参照

 

大船渡ポルコ・ロッソ
NIWA-MAGAZINE 食と人 vol.13参照

 

矢沢路恵
都内数カ所の飲食店でサービスの仕事に従事した後、2014年より料理人であるパートナーの山谷知生とともに、山食堂を前店主より受け継ぐ。飲食店は生産者と消費者をつなぐ役割という考えで、全国各地に生産者をめぐる旅をしながら、日本の地域に伝わる特産を探索する。

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山食堂  完全に家庭料理の店(海のものもございます。)
〒135-0022 東京都江東区三好2-11-6桜ビル1A 電話・FAX 03-6240-3953

都営大江戸線・東京メトロ半蔵門線 清澄白河駅下車 徒歩3分程
深川江戸資料館通り沿い・深川江戸資料館斜め向かい側交差点より五軒目

平日・夜=17時半〜21時半(ご予約優先)
土日祝・昼=12時〜売り切れ迄 夜=17時半〜21時半(夜はご予約優先)
※不定休

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