NIWA MAGAZINE

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食と人 vol.24 文/矢沢路恵

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一関ベイシーの菅原さんから、東京へ戻ったらこれを遠藤シェフに渡してほしいと本を預かった。「聴く鏡」というオーディオの冊子に連載された菅原さんの本だった。表紙を開いてササっとご自身のお名前をサインしていただき、その分厚い本を手みやげに、重いリュックを背負い新幹線に乗り込んだ。釜石へ行く事になっていたのは2日後だった。岩手めんこいテレビ主催の復興支援ツアーに応募し、当選した釜石、大槌町をめぐる予定だった。

 

せっかくなら大船渡、気仙沼、仙台へあわせて行こうとして一週間の東北旅のスケジュールを組んでいたが、想像以上に過酷な旅となった。一関から仙台へ時間短縮のため新幹線へ乗った。その夜は仙台で大事な人と会う予定で、翌朝はそのツアーバスに乗るため、早朝に盛岡駅に集合。さらに行く先々で本をいただくことが多く、一週間分の荷物は旅の前半でますます巨大なものとなっていった。

 

復興支援ツアーには、ご夫婦や友人同士など20組程の参加者がいた。バスの車中で自己紹介こそなかったが、それぞれ思い思いの目的があって参加された方々だった。2月の東北は極寒の寒さを想定していたが、日中の三陸の沿岸はさほどの寒さはなく、晴れた青空の下、あたたかい日差しを感じた。釜石、大槌町ははじめて訪れる街だった。あの2011年、3月11日に起こった大地震の前までは、どんな街なのか想像したことすらなかった。

 

バスは、まず大槌町の町役場へ向かった。振り返れば目の前に海が見える場所である。津波を真に受けた庁舎の中は廃墟と化し、当時を物語る凄まじいものだった。近くには街の商店街があり、駅があり、人々の生活の拠点でもあった。海からすぐのその辺り一帯、何もかも無くなった。山の上の墓地に多くの人が避難したが、住民のほとんどが老人であったその街で、若者たちが老人を背負って山をかけあがったという。追ってくる津波から逃げられず、老人たちを置き去りにせざるを得ない状況があったといわれるその山を、胸を締め付けられる想いで多くの人が見ていた。

 

バスはその後、釜石へ向かい新日鉄の工場や仮設の食堂、被災した小学校や伊達藩の隠れ港とよばれる山の裏にある小さな岩場のあるその場所へ行った。ここでは大昔、同じような巨大地震のあった場所で、そのことを示す碑がたっていた。しかしもう80年、そのもっと100年以上も前の事。人々は毎日の日常のなかで、思い出す事も無く生活をしていた。もう二度とこのような悲しい出来事を起こしてはいけないと2011年の3月11日以降、この同じ場所に碑をたてたのである。そこには「100回地震が来て100回逃げても、101回目も必ず逃げて。」と、この先地震の恐ろしさを忘れてしまうであろう未来の人々に、地元の小学生、中学生の言葉でかかれている。

 

ここ釜石は、2012年に公開された映画、石井光太原作の「遺体」の題材になった場所である。「遺体」は地元の廃校になった小学校を急遽、遺体安置所として設置、ひとつの街に海と山がある釜石は、その人々が助け合ったのだと現地で話しを聞いた。次々と運ばれてくる遺体に戸惑いながらも、人が人を助けることに全力を尽くした街なのだ。

 

その夜泊まる事になっていた宿は二箇所あり、ツアーの主催側でどちらに泊まるか割り振られていた。当時ニュースで頻繁に見ていた蓬莱館のおかみさんの話しを聞いてみたかったのだが、港近くの陸中ホテルへ泊まる事になった。移動中の車中で、釜石駅周辺は港で仕事をする人達が多く、繁華街だったこともあり飲み屋や釜石ラーメンが食べられる店があることを知った。この数日間の疲れもあったが、せっかくここまで来たのならということと釜石のことをもっと知りたいというのもあり、夜の街へ繰り出すことにした。蓬莱館は街中より少し離れた場所にあったため、港近くの宿でよかったのかもしれないと思った。

 

夜の港は海側から灯りが点々と見え、静かな波音をたてていた。駅前の地域一帯に新日鉄の工場があり、24時間稼動している煙突からはぽわんと煙が夜空に浮かび、なんとも幻想的だった。港からすぐ近くの商店街には、以前は多くの店が建ち並んでいたと思われる建物がたくさんあったが、みんな津波の爪痕で抉られたように、静かな通りになっていた。鉄骨の柱はぐにゃぐにゃに曲り、窓枠の隙間から遠くの灯りがさしている。少し歩くと小高い丘の上に飲み屋と思われるいくつかの店が見えてきた。確か…と、ベイシーの菅原さんから教えてもらったホテルサンルートを発見した。角を曲り、坂の上を少し歩くと右側にある2階の店。そのうちにTOWN HALLとかかれた看板が目に入り、迷う事なく2階へ続く階段をあがった。

 

ドアを開くと落ち着いた照明の店内にはジャズが流れており、朱色の壁には洒落たモダンな画が飾ってあった。テーブルに座った若者たちが数名、楽しそうにお酒を飲んで話しをしていた。奥には大きなスピーカー、音楽の流れる店の雰囲気は途端にベイシーの菅原さんのことを思い出した。カウンターには誰も座っていなかったので、ここでいいかな、とカウンターに腰掛けた。裏から背の高い、思っていたより割と若めの男性がやってきた。この方が金野さんかなあと思った。カウンターに腰掛けるなり、帰りのアシはありますか?と聞かれた。港より程近くの陸中ホテルに泊まっていますというと、安心したように頷いた。震災以前、この辺りはスナックも居酒屋もバーも何もかも栄えていた歓楽街だったという。

 

代行車の会社もいくつもあったが、いまは2社しかないのでお客さんが代行の車で帰れないと店に居残ることになり、自分もいつまでも帰れないのだという。この地域まで津波が到達し、タウンホールは、は向かいに高い建物があったおかげで壁となり、大きな被害はなかったのだと。一階の天井まで津波が押し寄せ間一髪のところで助かったが、深夜営業している店も少なく、それでも酒を飲みたい人は集まってくるのだという。今回は釜石、大槌町へ復興支援のツアーで東北へ来た事、一関ベイシーの菅原さんから話しを聞いてここへ来た事を告げると、いろいろな話しをしてくれた。

 

大槌町にあったジャズ喫茶クイーンの佐々木賢一さんは通称ケンちゃんと呼ばれており、店は大槌町町役場のすぐそばにあったという。ああ、昼間みてきた場所だと思った。海のすぐそばだったため店も家もすべて津波で流されてしまい、ベイシーの菅原さんとファックスでやりとりした内容(仲間の間ではすごいファックスの量だったというのは伝説。一度に送ったファックスは、用紙が1ロール無くなるくらいだったとも言われている。)の紙も、財産のレコードも何もかも全て流された。

 

佐々木さん家族は車で近くまで通りかかった知り合いに助けられ丘の上の神社まで逃げたが、置いて来た猫が気になって店に戻った奥さんは津波に流されてしまったという。その後大槌町を離れ、花巻の仮設住宅に避難していたが蛇がでるのが嫌だとわがままを言い、花巻駅前の被災者中古住宅に運良く入居することが出来、いまは娘さんと二人でそこに住んでいるのだと聞いた。2日後に友人のいる花巻へ行く事を話すと、賢ちゃんの家は花巻駅から三軒目の被災者中古住宅だから、と金野さんの話しを聞きながらハイボールとチーズをつまみ、うんうんと頷いた。

 

翌朝、疲れているのに何故か旅のテンションで早めに目が覚めた。バスの出発までだいぶ時間があったので、朝食を済ましたあと昨夜歩いた街を散策しにホテルを出た。海はキラキラと輝き、港にとまっている船はゆらゆらと静かにゆれていた。行き先が書かれた大きな看板や標識が倒れて、柵の向こうでそのままになっていた。家があったであろう場所には水道の形跡があり、ここで朝ご飯をつくったり、歯を磨いたり、お風呂に入ったりしていた日常。
昨夜のタウンホール金野さんから聞いた、花巻にいるという佐々木賢一さんのことがずっと気になっていた。思いも寄らない旅となり、東北のジャズに導かれた。バスは釜石を発ち、盛岡市内へと向かった。

 


写真は、さくらチーズと塩昆布クラッカーのカナッペ
ピュアモルトハイボール

 

私達がカウンターの片隅でつまんだものは、チーズがのったクラッカーとハイボール。何でもない日常が、一瞬のうちに無くなってしまった街を一日歩き、多くの事を考えた夜だった。
食と人 vol.2 釜石の若布 参照

 

チーズのこえ
山食堂より程近くの場所にある、北海道産ナチュラルチーズ専門店。チーズにも季節があり、毎回違った内容を楽しめる。北海道の多くの工房から取り寄せ、品揃えが豊富でバリエーションも素晴らしい。
http://food-voice.com/

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矢沢路恵
都内数カ所の飲食店でサービスの仕事に従事した後、2014年より料理人であるパートナーの山谷知生とともに、山食堂を前店主より受け継ぐ。飲食店は生産者と消費者をつなぐ役割という考えで、全国各地に生産者をめぐる旅をしながら、日本の地域に伝わる特産を探索する。

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山食堂  完全に家庭料理の店(海のものもございます。)
〒135-0022 東京都江東区三好2-11-6桜ビル1A 電話・FAX 03-6240-3953

都営大江戸線・東京メトロ半蔵門線 清澄白河駅下車 徒歩3分程
深川江戸資料館通り沿い・深川江戸資料館斜め向かい側交差点より五軒目

平日・夜=17時半〜21時半(ご予約優先)
土日祝・昼=12時〜売り切れ迄 夜=17時半〜21時半(夜はご予約優先)
※不定休

https://www.facebook.com/pages/山食堂/398470866947958