NIWA MAGAZINE

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食と人 vol.41 文/矢沢路恵

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「共有」という言葉を意識するようになったのは、いつのことだろう。自分の大事なものを共有するなんてことは考えられなかった。2011年3月11日を境に、人々のその考えは変わったように思う。人間に元々あった本能なのだと。「独占」から何が生まれるのだろう。そこに意味を見いだせないと感じたからこそ「共有」に本能が動いたのだ。その時、その場所、その自分が思ったことが全てなのだ。

 

その日、東京の自宅に戻るとあらゆるものが壊れていた。凄まじい揺れだった事が、目の前にひろがっている光景から見て取れた。倒れた食器棚からは、家族の思い出の器や憧れのお店で購入した大事な器がパズルのように割れ、粉々になっているものもあった。あんなに大事に保管しておいたものでも、一瞬にして失ってしまった。いままで物に執着していた自分に気がついた。独占など何の意味もない。

 

毎日テレビから流れる東北の映像に、涙を流すばかりだった。自分なんて本当に無力だ。涙を流す事しか出来ない。この地の先で起こった出来事に対して自分に何が出来るのか、悶々と考え続けた。年数が経って行く毎に、震災の記憶はうすれていく。ついには震災のことですら語られなくなった。自分だけが取り残されていく感じがした。私は間違っているのかと。

 

あるとき、山食堂の調理場にある生ゴミの袋の底に、新聞紙を敷いていたときだった。ちょうど新聞紙の端の方に笑顔の男性の記事が載っているのが目に入った。慌ててその記事を引き抜き、ゴミで汚れていないところを手でちぎって読んだ。

 

カーシェアリングで被災地を支援する、吉澤武彦さん。津波で車を流され不便を強いられる被災者を目の当たりにし、東日本大震災の津波で車を失った被災者に中古車を無償で貸し出し、共同で利用してもらう「被災地カーシェアリング」を展開する。運営する一般社団法人を宮城県石巻市に設立し、車は企業や個人から譲り受け、助け合いの輪を広げている。

 

何の新聞だったかもわからないし日付も特に覚えていないが、この記事を読んだ私に衝撃が走った。

 

吉澤さんが震災直後に被災地入りし気付いたのは、津波で車も流され交通機関も麻痺し、送迎するも支援活動するにも車がないと何もはじまらない事だった。最初は3ヶ月で車一台集めるのがやっとだった。地道に協力を呼びかけ、今では100台の車まで集めた。仮設住宅から病院へ通う高齢者のための送迎、熊本地震の支援活動、豪雨による災害、雨の日も雪の日も、支援活動に向かわれた。

 

私に何が出来るのか。吉澤さんのことを調べる度、余計に無力な自分と闘った。車の免許も無く、預金も無い。日々、東京で自分が生きていくだけで精一杯だった。そんなことで支援活動など出来るのだろうか。最初は山食堂に募金箱を設置し、小銭を集め少しでも協力出来ることがあればとはじめた。そのうちに「まだこんなことしてる人がいるんだ。」と言われた。募金箱のことだった。悔しい、という思いと無力の自分を感じた。また、友人からは「被災地支援なんてしなくていいんだよ。わたしだって何もしてないよ。」と言われる始末。東北と東京という場所の距離感を、感じずにはいられない言葉だった。もう、自分で前へ進まないといけないのだと気付いた。誰かのせいにしていたらそこで終わりだ。時代や風化のせいにしていられない。自分自身がどうしたいかだ。

 

何も無いなりに、自分に出来ることを考えた。数年考えた末のそれがチャリティバザーだった。物に執着せず、独占をやめて共有する。自分の持ち物を売って、売り上げを吉澤さんの支援活動へ寄付する。震災により一瞬にして失ってしまった器。自分の持ち物を誰かに共有することに何の抵抗も無くなったのだ。多くの方のご協力を経て、バザーを開催する事となった。

 

いよいよ明日よりチャリティバザーだという一年前の3月中旬。不思議なめぐりあわせで、偶然にも吉澤さんの活動拠点である石巻地域で開催される大きなフェスティバルの参加依頼の話しが舞い込んだ。被災地の為に何か出来る事になろうとは、夢にも思わなかった。数奇な運命とさえ思った。

 

またその夏に開催されたフェスティバルに関わる仕事の石巻視察で初訪問の際に、吉澤さんの事務所に寄り山食堂チャリティバザーの売上金265,000円を直接お渡しする事が出来た。今年、第2回 山食堂チャリティバザーの際には吉澤さんが山食堂へお寄り下さり、熱い握手を交わした。

 

いままで、震災より7年間。自分の考えが間違っていなかったことに、そして一枚の新聞紙からの切り抜きから運命的な出会いがあったこと。全てがここにつながっていたのだと知った。この身体、この心ひとつさえあれば。

 

 

○写真は、季節のお総菜5点盛り(青菜とお揚げの煮浸し、ポテトサラダ、玉子焼き、山独活の金平、五目ひじき)・玄米ごはん・ふのりと庄内焼き麩のお味噌汁。以前は苦労して考え抜いた大事なレシピを共有するなんて考えられなかった。しかし、お総菜のような家庭料理、味噌汁は誰のものか。その出汁が美味しければ真似をすればいい。その具の組み合わせが良ければ、作り方を教えてあげればいい。誰のものでもない。それを共有したからこそ、いまにつながるのだ。

 

 

【山食堂チャリティバザー】

2018年3月31日(土)まで ※土日祝のみ

12:00-14:30 会場:山食堂

山食堂とご近所の方々とのチャリティーバザー。被災地で支援活動をされている吉澤武彦さんの団体への寄付金を募ります。

●雑貨、衣類(子供服含)、器、調理用具、書籍、布ものなどの販売。

●マイバッグ、小銭をご持参くださいませ。(現金のみ、カード不可。)

●バザー営業時間、山食堂では昼食のご提供はありません。(バザーお買い物ついでに山食堂にて喫茶をご利用いただけます。)ご近所のおいしい店が載ったマップを山食堂にて配布しております。バザーとあわせて深川散策にご利用下さいませ。

●17:30からの山食堂通常営業時間も一部商品をご覧になれます。満席の際は店内にてご覧になれない場合もございます。

●詳細は山食堂SNSページにて。

 

吉澤武彦

兵庫県姫路市出身。6年間広告代理店に勤めた後、阪神大震災のボランティア活動家の影響で社会貢献に本腰を入れる。東日本大震災後、一般社団法人日本カ−シェアリング協会を設立し石巻で取り組みをはじめる。

 

※  日本カーシェアリング協会では、寄付金、サポート、くるま募金など、活動を応援くださる方を募集しています。日本カーシェアリング協会http://www.japan-csa.org/

 

 

矢沢路恵
都内数カ所の飲食店でサービスの仕事に従事した後、2014年より料理人であるパートナーの山谷知生とともに、山食堂を前店主より受け継ぐ。飲食店は生産者と消費者をつなぐ役割という考えで、全国各地に生産者をめぐる旅をしながら、日本の地域に伝わる特産を探索する。

 

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山食堂  やましょくどう yamashokudo

〒135-0022 東京都江東区三好2-11-6桜ビル1A    電話・FAX 03-6240-3953

1A SAKURA Bldg,2-11-6 MIYOSHI,KOTO,Tokyo,Japan 135-0022

Phone Number:#81 3-6240-3953

都営大江戸線・東京メトロ半蔵門線 清澄白河駅下車 徒歩3分程
深川江戸資料館通り沿い・深川江戸資料館斜め向かい側交差点より五軒目

 

夜=17時半〜21時半(ご予約優先)不定休

Dinner 5:30pm to 9:00pm *Prioritygiven to reservation *No fixed holidays

https://www.facebook.com/yamashokudo/