NIWA MAGAZINE

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食と人 vol.42 文/矢沢路恵

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それがどこで出来たのか、どこからやって来たのか。架空の想像は時にして癒してくれるが、事実とは限らない。そのものに触れた時に、はじめて温度を感じる。そこにずっと触れていたいと思える感触を確かめる為に、事実を探しに行く。

 

大悟さんと出会ったのは飲食店向けの日本酒セミナーの4回目で、最後の総合授業は酒と料理のペアリングを実践する食事付きの会だった。向かいの席で何かと情報交換をし、終いには先生の話も聞かずに呑んで喰って楽しい時を過ごした。大悟さんは、木更津の和食屋で料理人として働いている。千葉の酒蔵はほぼ知り合いなので、見学する際は案内しますよとお誘いいただいた。その約束から随分と日が経ってしまった。一年前の4月の事だった。
 

ちょうど石巻の仕事を受けるか受けないか決めきれずの3月の最中、酒のタンクにもう酒が無くなってしまうから見学するなら4月までと言われていた。とにかく酒がタンクにある内に千葉へ向かう事にした。

 

東京駅からバス に飛び乗り海を渡って、木更津駅で大悟さんと合流後も、頭の中は石巻の事でいっぱいだった。千葉の酒蔵はもとより、千葉の事など何も調べていなかった。こ の地で生まれ、この地で育った大悟さんは、千葉の地域性について話してくれた。丘は沢山あるが高い山が無く、千葉県民は穏やかな性格の人が多いのだと。車 で目的地まで移動中にもいま走っている土地の特徴や城の歴史、事細かにお話しして下さった。
 

最初に連れて 行ってくれた酒造は、富津の小泉酒造さん。親子何代にも渡る大きな酒蔵は、敷地内に田んぼや酒造りの蔵、タンクから研究室、販売店まであり、大勢の従業員 が働いていた。ただ残念なことに、タンクの酒はもう空で、今年の酒造りは終了していた。酒造内の見学と、品評会に出品する日本酒の試飲をさせてもらい(運転手の大悟さんには申し訳ないが)、燗酒の温度帯 による味の変化の違いや、清酒に含まれる有機酸の酸味と飲用温度の関係など、専門の情報誌に引用される資料を見せていただいた。いまとても知りたかった内 容、教えていただき有り難い事だった。入り口で記念撮影をし、観光客と同じくお土産の酒を買って小泉酒造を後にした。
 

車に乗っている 道中、少しずつ石巻の事を忘れていた。さすが、千葉はなだらかな丘が多く、優しい気持ちになれる。知らない土地はどんな場所でも発見があり、そこにはじめ て触れる感触もたのしい。知らない事を知るのはワクワクする。途中、日本百名水の井戸の近くにある蕎麦屋に連れて行ってもらった。不思議な蕎麦屋である。 見たところ、ここが蕎麦屋だとは思うまい。地元の人しか知らないような店。車に乗って酒飲んでるだけだったが、程よくお腹も空いて、4月の晴れた気持ちの良い日は小旅行のような気分に。
 

その井戸のすぐ裏にある酒造、福祝。2両しかない久留里線が、菜の花畑を駆け抜ける線路のすぐ傍にある。兄弟3人で造っているその酒蔵は、最後の作業をしている真っ最 中だった。私の心をぐいぐいと掴んだのは、さっき見てきた小泉酒造とはまるで違い、通りからも面しておらず、周りには小さな家が数箇所に点在している。そ の自然の中で造っていると言えばいいのだろうか、何年前からも何十年前からも何百年前からも、そのままの風景で造っているような時代がわからなくなるよう な昔からの場所。すごく遠くの山奥の秘境に来たような気さえした。ここが千葉だという事を忘れるとこだった。
 

事務所というのだろうか、小屋の様な物置きの様な場所で(決して汚いわけではない。テーブルや椅子や棚などが時代を感じる。)ご挨拶もそこそこに、酒蔵を見ますか?と言われ案内 してくれた。奥はどこの酒蔵もとても広い。大きなタンクがいくつも並び、透き通った凛とした空気が、蔵の中にいる私の肌をすり抜けた。かろうじてタンクの 中に残っていた酒は、清流のような瑞々しさで、山から流れてくる湧き水のように滑らかな美しい輝きに満ち溢れていた。
 

一瞬でこの酒に心を奪われた。この感触を忘れはしない。福祝を口にした時、いつも何度もこの感触を思い出す。

 

帰る頃には頭の中にずっとあった石巻のもやもやは消えていた。大悟さんも車を預けて、木更津駅近くの馴染みのビストロに連れて行ってもらった。カウンターの席で隣に座った会社員の男性2人がえらく面白 い。いつのまにか一緒に酒飲んで笑い合って、そのまま夜桜の下で飲みに行こうといったところで東京に帰る最終バスの時間がきてしまい、後ろ髪を引かれる想 い。帰りの海を渡り、東京に入ったら夜景が綺麗だろうな、と思っていたらすっかり寝てしまい、気付いたらバスは東京駅に着いたところだった。

 

一緒に呑める人がいて、酒を教えてくれる人がいて仲間がいて、酒を造っている人に出会い、酒に導いてくれる人がいて、私は幸せだなと思った。この目で指で感触で、自分の全てで感じた温度。肌にすりこまれ、何度もなんども瞼の裏で思い出す。

 

◎写真は、くじらのたれ

まだ見ぬ石巻の地を想像しながら千葉へ行く。頭の中は石巻のことでいっぱいだった。くじらのたれは、南房総に江戸時代から伝わる鯨肉の食べ物。千葉を訪問した数日後にはじめて訪れた石巻。ここでも鯨肉が名産だったのは、何か導かれているようにも思えた。鯨の赤身肉を薄く切り、醬油、みりん、酒などでつくったタレに漬け込み一日置き、水気を切って半生になるくらいまで干す。軽く炙って七味とマヨネーズで。

 

 

矢沢路恵
都内数カ所の飲食店でサービスの仕事に従事した後、2014年より料理人であるパートナーの山谷知生とともに、山食堂を前店主より受け継ぐ。飲食店は生産者と消費者をつなぐ役割という考えで、全国各地に生産者をめぐる旅をしながら、日本の地域に伝わる特産を探索する。

 

山食堂  やましょくどう yamashokudo

〒135-0022 東京都江東区三好2-11-6桜ビル1A    電話・FAX 03-6240-3953

1A SAKURA Bldg,2-11-6 MIYOSHI,KOTO,Tokyo,Japan 135-0022

Phone Number:#81 3-6240-3953

都営大江戸線・東京メトロ半蔵門線 清澄白河駅下車 徒歩3分程
深川江戸資料館通り沿い・深川江戸資料館斜め向かい側交差点より五軒目

 

夜=17時半〜21時半(ご予約優先)不定休

Dinner 5:30pm to 9:00pm *Prioritygiven to reservation *No fixed holidays

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