NIWA MAGAZINE

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食と人 vol.52 文/矢沢路恵

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1.華雪(かせつ)さん

 

書家の華雪さんとはじめて会ったのは、2011年の夏の日だった。私がひとりで山梨のぶどう畑まで月に一度見学に通っていた時代、畑の側にある歴史資料館の方々と仲良くなった。その場所で夏に行うイベントがあり、地元の小学生達と三人の先生とのおかしなワークショップをやるという。歴史資料館の方から声をかけてもらい、スタッフとして参加する事になった。忘れもしない「津金一日学校」の第一回。その第一回目のいちばんはじめの授業を行った先生が、華雪さんだった。

 

華雪さんは、とても美しい方だった。小さくて、可愛くて、凛とした出で立ちについ目がいってしまう。笑うとさらに素敵な人だった。イベントの前夜、ミーティングや宿泊施設の古民家へ案内するのも、華雪さんと私は一緒に行動をした。他のスタッフの方は、みんな地元に住んでいるので、泊まりの部屋は華雪さんと私だけで、同じ部屋に宿泊する予定だった。宿泊施設の古民家はその当時、福島から避難家族の受け入れをしており、2家族か3家族が共同で暮らしている中、小学生のこどもたちがみんな男の子ばかりで走りまわって、えらい騒ぎになっていた。

 

ここで華雪さんと同室で宿泊し、翌日は本番のワークショップで本領発揮出来るのかと不安な夜となった。当の本人はしれっとしていて、自身がオーダーで作っている判子の仕上がりを依頼者の元に写真を送るからと言って、その福島からの避難家族に手伝ってもらい上手に人間関係を築いていた。不思議な人だ、ふわっとその場を柔らかく包む。寝る前にみんなで囲炉裏を囲んで酒を飲みながらつまみを頬張った。

 

福島からの避難家族のご夫婦は、同世代くらいのまだ若い方達だった。海沿いの街に住み、家族でサーファーだったという。週5日は海に入り、仕事終わりに子どもたちも学校から帰って来てみんなで浜辺のゴミ拾いをしていた。福島はこんな状況になり、いまは海に入っていないのが信じられないと。そのうち酒も深くなり、家族のお父さんが涙まじりの思い出話を語り出し、明日も早いのでここいらでお開きにしようとなった。

 

華雪さんと布団を敷き、寝る準備をしてそれぞれの布団に入った。さあ、もう寝るぞという時に華雪さんの最近あった何だか重い話を語りかけられた。嗚呼、こんな時間にそんな話。山梨に着いてから一日中いろいろな事があり、興奮冷めやらずでもう眠れないぞ。布団に入ったまましばらくふたりで会話を続け、私が何か質問したところで自分から最初に語りかけたはずの華雪さんは、話の途中でもう先に眠りについていた。

 

翌朝、早朝に目が覚め、誰も起きていない静かな中で着替えて朝のぶどう畑を見に行った。朝靄の中に畑が浮き出ているようで、幻想的な風景だった。まるで水墨画のようで美しく、八ヶ岳から降りてきた白く浮かび上がる霧をかき分けながらしばらく辺りを一周し清々しい気持ちで古民家へ戻ったら、泊まっていた全員が起きたところでみんなが朝ごはんの支度をしており、すっちゃかめっちゃかだった。スタッフはイベントの仕込みやらワークショップ後の食事の準備があったので、華雪さんを古民家にとり残し、そそくさとまた荷物を持って私だけ一足先に歴史資料館へと向かった。

 

朝から調理場で食事の準備をしながらお昼前に華雪さんの授業が始まり、合間にみんなで見に行った。イベントのいちばんはじめの授業なのに、たじろぎもせず堂々としている。床に大きな黒い布を敷き、大きな半紙と太い筆。華雪さんはノースリーブの黒いワンピースに着替え、裸足で床に座っていた。書にかくのは「わたし」という文字。みんなそれぞれの私がある。それを自分自身で書く。華雪さんが見本をみせる為、筆に墨をつける。

 

半紙に最初の筆を入れるまでに、数十秒間か、数分の間があった。紙の中に穴が開きそうなくらい真剣な眼差しでじっと見つめる。その数十秒間が、果てし無く長く止まっている一瞬。そして、最初の筆を入れた彼女の姿に度肝を抜かれた。言葉では表せない程の躍動感。心臓の中をえぐられたような驚き。全身全霊で「わたし」を書く。あんなに何十人、百人近くの人が見守る中で、華雪さんの持つ筆と、墨がすすむ紙の音しか聞こえない。沈黙の中で書き上げた「わたし」は、彼女自身の全てが見えた。息を呑み、書き終えた後も誰も言葉を発する事無く、沈黙の中の夏の数分間だった。

 

何時間も一緒に過ごす中で、私と華雪さんは同じ歳だということがわかった。小さな身体で、やわらかい雰囲気で、彼女の原動力の全てを見た気がした。数ヶ月後、そのときのワークショップの写真展が開催され、津金の地へ再び訪れた。華雪さんが書いた「わたし」が、小学生達と書いた沢山の「わたし」と共に天井から書が吊り下げられていた時には、涙が溢れて止まらなかった。あの時の、全身全霊で手を墨だらけにして「わたし」と向き合った、華雪さんの姿にまた出会った。彼女の全てがこの書の中に、言葉の中に生きていた。真っ直ぐ見つめた「わたし」の中に、あの時の華雪さんの姿を想った。

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【柚子と豆の酒粕ムース・柑橘ミルクアイス添え】

 

黒い墨の「わたし」と、柔らかく周りの空気を包み込む嫋やかさ、凛としたクールな中にある芯の強さ。半紙に書いた「わたし」は、自分自身と向き合いそれぞれが書いた私、そのものだった。皿を前にし、料理を盛る。迷いのない自分を表現できるのは、自分自身そのもの。海に揺らぐ舟のように、波の中を漂いながら自分と向き合う。

 

クラッカー、クッキーなどを細かく割り、柔らかくなるまで常温に戻したバターと練り混ぜる。容器に敷き詰め備中大納言の餡を、さらに上に敷き詰めていく。酒粕を水と合わせ、塩とてんさい糖を少し入れてアルコールをとばしながら熱したものと、ゼラチン、クリームチーズ、甘納豆を混ぜ合わせたものも、さらに上から流し入れて冷蔵庫で冷やし固める。市販のバニラアイスに柑橘のコンフィチュールと玄米ミューズリーを入れ混ぜ合わせて冷凍。ムースの上にアイスを添え、酒粕パウダーをふりかける。

 

 

矢沢路恵

都内数カ所の飲食店でサービスの仕事に従事した後、2014年より料理人であるパートナーの山谷知生とともに、山食堂を前店主より受け継ぐ。飲食店は生産者と消費者をつなぐ役割という考えで、全国各地に生産者をめぐる旅をしながら、日本の地域に伝わる特産を探索する。

 

 

 

山食堂  やましょくどう yamashokudo

〒135-0022 東京都江東区三好2-11-6桜ビル1A    電話・FAX 03-6240-3953

1A SAKURA Bldg,2-11-6 MIYOSHI,KOTO,Tokyo,Japan 135-0022

Phone Number:#81 3-6240-3953

都営大江戸線・東京メトロ半蔵門線 清澄白河駅下車 徒歩3分程

深川江戸資料館通り沿い・深川江戸資料館斜め向かい側交差点より五軒目

夜=17時半〜21時半(ご予約優先)不定休

Dinner 5:30pm to 9:00pm *Prioritygiven to reservation *No fixed holidays

https://www.facebook.com/yamashokudo/