NIWA MAGAZINE

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食と人 vol.53 文/矢沢路恵

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2.Mのワイン

 

そのワインの存在を知ったのは、2018年8月の華雪さんのある投稿からだった。

 

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昨日から宮城の松島にいる。

 

仙台でデザインの仕事をするIさんは、時々思い出したように東京の教室に来られる。山登りが趣味の彼は背も身体も大きくて、会うとちょっと見上げる格好になる。彼はあまり自分のことを話すことはない。けれど、美味しいものが好きで、会うといつも最近美味しかったものをたのしそうに教えてくれる。

 

そんなIさんから今月に入って、いま、引き受けているパッケージの仕事で、ぜひ書いてもらいたい字があるとメールが届いた。メールでは伝えきれないから電話で話せたら、ともあった。

 

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宮城に松島という景勝地があって、知ってる?景勝地の所以の松島湾では牡蠣の養殖が盛んで、でも松島には、牡蠣以外にまだはっきりした特産品がなくて、震災以降、僕らと同世代の地元の有志が集まって、牡蠣に合うワインを造ろうということになったんだ。

彼らは去年から山形の葡萄畑を借りて葡萄を育てて、自分たちで収穫をして、粒を選り分け、足で踏んで絞って、発酵を経たワインが、今年に入って初めて瓶詰めをして約200本出来上がって。

 

で、そのワインのラベルをどうしようか、と話していたんだけど、ワインの色が赤ともなんとも言えない不思議な色で。この色を活かしたいなと思ったとき、ふつうにラベルを貼るんじゃなくて、瓶に直接書いたらどうかという話になって。華雪さんなら、こんな文脈を踏まえて書いてくれるだろうなと思って。

 

ただ書いてほしいのは漢字じゃなくて、松島のMなんだ。M2017とか、これからワイン造りを続けていけば、M2018、M2019としようと思っていて。漢字じゃないことが気になってるんだけど、どうかな。それから少し急いでいて、今月中に松島に来て書いてもらいたいんだけど大丈夫?

 

Iさんはそう言うと、すぐにワインの写真を送ってくれた。写真に写る透明の瓶に詰められた液体は、Iさんのいう通り、淡い赤とも濃いピンクともつかない色に見えた。

 

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造り手の方たちの話に惹かれたのか、色に惹かれたのか、どうしてもやってみたいと思った。そう伝えると、彼は、完成が、道程が、とてもたのしみだと言って、すぐに手元の一本を送ってくれた。

 

実際のワインは、赤い王冠の栓がどこか素朴な雰囲気を漂わせていて、ワインの色は、写真の印象とも違って、赤ワインともロゼワインとも言えない、そしてわずかに濁りがある。

 

まずふだん食事も仕事もする窓辺のちゃぶ台にワインを置いて、眺めることにした。すると時々、光の加減で濁りが消えて透き通るように見える瞬間があることに気づいた。

 

けれど、Mの字をどう書くかというアイデアはなかなか湧かず、約束の松島に行く日だけが近づいてくる。アイデアを待つのを諦め、画材屋に行き、ガラス用の塗料のサンプルを確かめていたときだった。

 

ワインとほとんど同じ色の塗料を見つけた。ボトルにはold pinkと表示がある。ワインと変わらないこの色であえてMと書けば。ワインの色と混ざり合って、きっとよく見えなくなるだろう。飲み進むにつれて、字がだんだん現われる。そして、ワインを飲み干したときには透明の瓶にワイン色のMの字が残る景色が頭に浮かんだ。

 

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松島には東京から新幹線と在来線を乗り継いでも三時間ほどで着いた。松島海岸駅からお土産物屋さん立ち並ぶ通りを過ぎて、Iさんが店の内装などを手伝ったというワイン造りのメンバーの中でも最年少のSさんが営む食料品店に着く。

 

IさんとSさんに、画材屋で頭に浮かんだアイデアを話す。話しながら、ふたりがすこし戸惑った顔をされているのがわかる。すこしの沈黙の後、しばらくしてIさんが、今回は約200本だけでしょう。広く流通に乗せたいわけでもないんだから、この字の話を含めてワインを手にとってくれたひとに僕らがこのワインにまつわるいろんな話を伝えながら売るのもいいんじゃないかなと言ってくれた。

 

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用意してくださった部屋には、すでにワインが運び込まれていた。さっそく書こうと、Sさんからもらった古新聞を机に広げる。それは、思いがけず3月12日の朝刊の一面で、石巻の大川小学校の校舎の写真と、「私たちにできること/涙を拭って進むこと」ということばが目に飛び込んできた。

 

八時間かかって、約200本に、Mと書く。

朝が来て、朝日にボトルを透かすとワインの色にMの字がはっきりと見えた。

 

Sさんは字を書いた瓶を手に持つと、光に透かしながら、時折浮かぶMの字を見つけては、波に見えますね、と静かな声で言った。

 

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春には、このワインのお披露目会も予定されています。造り手の方たちの思いのこもったワイン色のMの字を、いろんな方たちが目にしてくださればと思っています。

 

どうぞお見知り置きください。

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あの山梨での津金一日学校で、力強く自分の全てで「わたし」を書き上げた華雪さんの姿を想った。私が食堂の立ち上げで石巻に滞在していた1ヶ月の間、あまり沢山の場所には行く事が出来なかった状況の中で、東松島は唯一ゆっくりと海を眺め砂浜の貝を拾い、三陸の海岸と向き合った場所だった。あの場所に、そして同じ世代の有志が集まってワインをつくり、華雪さんが一本いっぽん手書きでかいたMの文字。ただ生産本数も少なく、いますぐ東松島まで行く訳にも行かず、私の手には入らないだろうと思った。

 

必ずしも全てが自分の手の内におさまることはないだろう。そう想って、ずっと胸の中に、心の奥底にしまっておける宝物がある。さわって触れてみたいけど、叶わないものもある。形は無くとも、目の前に無くとも、誰かの想いに触れた瞬間のあたたかな光に支えられながら、東松島の海の事を想った。

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写真は、苺のジンソーダ

窓辺のちゃぶ台にワインを置き、そこからどんな風景がみえただろうか。華雪さんが眺めた赤とも言えないロゼとも言えないその色を、まだ口にした事の無いそのMのワインの味を、想像する。苺を縦1/4にカットし、てんさい糖と交互に瓶の中に詰めていく。蓋を閉めて常温で一日置き、苺のシロップをつくる。グラスに氷、苺シロップ、ジン、炭酸水を注ぐ。上にカットした苺を添える。

 

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華雪書展『不二』

 

4/13(土)ー 5/6(月・祝)

平日12:00-23:00

日祝12:00-22:00

 

https://kasetsuws.exblog.jp

書家 華雪の講座

書家 華雪の講座のご案内

kasetsuws.exblog.jp

 

 

矢沢路恵

都内数カ所の飲食店でサービスの仕事に従事した後、2014年より料理人であるパートナーの山谷知生とともに、山食堂を前店主より受け継ぐ。飲食店は生産者と消費者をつなぐ役割という考えで、全国各地に生産者をめぐる旅をしながら、日本の地域に伝わる特産を探索する。

 

山食堂  やましょくどう yamashokudo

〒135-0022 東京都江東区三好2-11-6桜ビル1A    電話・FAX 03-6240-3953

1A SAKURA Bldg,2-11-6 MIYOSHI,KOTO,Tokyo,Japan 135-0022

Phone Number:#81 3-6240-3953

都営大江戸線・東京メトロ半蔵門線 清澄白河駅下車 徒歩3分程

深川江戸資料館通り沿い・深川江戸資料館斜め向かい側交差点より五軒目

夜=17時半〜21時半(ご予約優先)不定休

Dinner 5:30pm to 9:00pm *Prioritygiven to reservation *No fixed holidays

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