NIWA MAGAZINE

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食と人 vol.9 文/矢沢路恵

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誰かにとっては新しいものでも、ある人にとっては懐かしい思い出であったりする。どちらにしても、それがその先もずっと誰かに受け継いでもらいたいと願うのである。

 

 

紙とインクのにおいを嗅ぐと、いつの日か遠いむかしを思い浮かべる。神楽坂の下町、赤城神社の裏は高台になっており、早稲田あたりまで一望できたその風景が気持ちよかった。多くの坂があり、トラックのタイヤの滑り止めが坂の路にまるい連なるカタチを描いていた。小さい頃、そのまるいカタチの中だけをつま先で踏み、父の町工場まで歩いていった。

 

 

父は町工場の印刷所で働いていた職人、というよりは印刷所で働く社員の一員だった。暗く、ひんやりとする工場の部屋に入ると、棚には活字がたくさん列んでいた。私の名前をひろってくれた父の手は、指先のシワの中までインクで染まり真っ黒だった。ひろってくれた活字は金属のにおいがし、つめたくにぶい光をかもしだす。昭和のにおいが漂う町の印刷所を通り過ぎるとき、いつもその紙やインクのにおいで、父の働いていた印刷所の風景が脳裏の奥でよみがえる。

 

 

60歳で定年退職する頃、印刷業界は変革期に突入していた。プリントの新しい技術についていけず、その後もまだ仕事をしていける年齢ではあったが、父はもう印刷所で働くことはなくなった。あるとき、活版印刷を復活させ、印刷をしている若いデザイナーさんがいることを知った。「見学できます。ご連絡ください。」と書かれたサイトを見て、面白そうなとこだから父と行ってみようということになった。場所は鵜の木、金羊社という大きな会社の中の一角にあった。一階の隅に大きな印刷機と、若い男性が座っていた。オールライトの高田唯さんとの出会いだった。高田さんが2007年に活版再生展をした際に、大きな機械を置いておける場所を探していたところ、金羊社の社長さんが「うちの一角をかしてあげるよ。」と、鶴の一声。ありがたく事務所をかまえることになったのだという。

 

 

父は、印刷機や活字棚をみるなり、大興奮だった。私の知らない専門用語が次々ととびだした。あんなに楽しそうな父の姿をみたのは何年振りか。ひょんなことで親孝行をしたようで、私もすっかり得意気になった。その父の喜んでいる姿をみて、オールライトさんたちとつながっていけたら…と思った。当時、次の仕事を探していた私は、名刺をつくっていただくことにした。いく通りものデザインがある名刺だが、活字そのものの中に白と黒のノスタルジーの全てがある気がして、白地の紙にスミ一色で刷ってもらうことにした。築地活字の平工さん曰く、いまの印刷は目が疲れる。むかしの印刷は活字の陰影が出来、そこに遠近感がうまれる。凹凸があるので、目にやさしいのだということ。

 

 

プリント、本、平面、そしてデザインは飲食業と別の世界であり、私には専門的な知識はなかった。逆に知らなかったからこそ、その魅力にどんどん引き込まれていった。名刺をつくっていただいたことで、自分を表現する新たな方法ができた。もう何年目になるだろうか。毎年、年賀状もオールライトさんでお願いすることにしている。

 

 

ある年の年賀状の相談に、鵜の木の事務所に伺った際のこと。高田さんに、打ち合わせのあとみんなでお昼食べにいきませんか?とお誘いいただいた。近くに行きつけの定食やでもあるのかと思った。「ああ、すみません。お話していなかったですね。」と、案内してもらったのは、新たにオールライトの分室をかりた、金羊社よりすぐ近くの一軒家だった。一階は書庫として、2階の台所ではスタッフのまかないをつくり、畳の広い部屋で食卓を囲み、みんなで食べる。オールランチとよばれるそのまかないは世間一般で言う社員食堂なのだが、そのまかないのなんと素晴らしいことか。じわ〜っと、ほわ〜っと心にしみるやさしい味の、手づくりの完全なるおいしい家庭料理。

 

 

当時、高田さんたちはご実家の2階を事務所兼、仕事場としていた。食事の時間になると、一階でお母様のおいしい家庭料理を食べ、また2階の仕事場へ。その食事こそ、大切なのだということだった。鵜の木の事務所に移ってから、知らずしらずのうちに片手でパンを食べ、各自パソコンの前で仕事をしていた。ちゃんと体を整えないと、良いものもつくれないのでは…と考えたのだという。オールランチはひとりあたりの予算三百円というなかで、こんなにおいしいものを!と思うほどバラエティに富んでいる。社員食堂の本でもだしたらいいのでは、と安易に思ってしまうのだった。

 

 

今年の1月、山食堂を受け継ぐことになった際に、どうしてもショップカードなるものが必要だった。住所や電話、営業時間などを記載した紙。これだけインターネットが流通している現代でも、それが全く通用しない場合もある。あるとき、お客様で家に携帯電話を忘れてきたという方。山食堂の電話も携帯電話のアドレスから引き出せず、調べることも出来ない。財布に入っていた以前のショップカードをたよりに、公衆電話から予約をくださった。いつの時代にも、紙と印刷はなくてはならないのだ。あらゆる用紙とあらゆる印刷があるなかで、やはり名刺をつくっていただいたときと同様、白と黒の活版にしたかった。そして、至ってシンプル、必要最低限の情報だけを記載したものを希望した。

 

 

あと、私が以前より思っていたこと。一枚いちまい想いをこめて刷ってくださった紙が、簡単に捨てられてしまうこと。ものがあふれているこの世の中で、手づくりのものに気付いてもらいたかった。見る人によってはなんて事の無いものにでも、想いがこめられていることを知ってもらいたかった。山食堂の情報が記載されている紙は、ある印刷所で不要になったメモ用紙に、必要最低限の情報をいれていただいている。活字で組んでいただき、一枚いちまい手作業で刷っていただいたもの。私の好きなものが全てここに込められている、と思った。

 

 

そして、以前よりファンであった素描家のしゅんしゅんさんに、山食堂の画をかいていただいた。本当にうれしくて、これをいつか手拭いにしようかと思っていた。しかしその画を手にした時、布ではなく、紙とインクにしたためたくなった。ならば、是非オールライトさんの活版に。しゅんしゅんさんのあたたかみのある素描は、原画に忠実に再現されるよう少し圧を強めにかけていただいた。オールライトさんの活版印刷として、山食堂のオリジナルポストカードとなった。一枚いちまい手作業でつくられたこの葉書が言葉をのせて、なかなか会えない友人やお世話になった方々、遠いところまで旅をしていくことを想像するだけでうれしかった。

 

 

誰かにとっては、はじめて聞いた活版印刷というもの、私にとっては家族の記憶なのであり、この想いが、たくさんの人の手に触れてほしいと願うのである。

 

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写真は、長野産 山くらげと人参の金平/白花豆の甘納豆/じゃがいも焼酎・北海道清里高田さんたちのお父様、グラフィックデザイナーであった高田修地(のぶくに)さんの得意料理だったという金平、豆の甘煮を。金平は山くらげを水で戻し、湯通しして茹でこぼしたあとカットした人参とごま油で炒める。醬油、砂糖、出汁、唐辛子、胡麻を入れ味を整える。甘煮は豆を水で戻し、やわらかくなるまで煮る。煮汁を少しだけ残し、砂糖と塩を加え、砂糖の水分がなくなるまでことこと煮詰める。

 

★焼酎「北海道清里」

この秋デザインを一新し、「北海道清里」として生まれ変わったじゃがいも焼酎は、2011年にJAGDA新人賞を受賞した高田唯さんがパッケージデザインに関わったもの。余韻にほわっとしたじゃがいもの風味がひきたつ焼酎。

http://www.kiyosato-shochu.com/

 

 

◎ALL RIGHT PRINTING

2007年5月に開催された『活版再生展』をきっかけに「オールライト工房」という名で、活版印刷を少しでも永く残すことを目的として活動をスタート。名刺、ショップカード、ポストカード、封筒、フライヤー、ポスター、パッケージ、タグなど、幅広く活版印刷を承っており、デザインからの相談も含め、イメージにあった紙や加工の提案も。活版印刷を実際に体験できるワークショップを定期的に開催している。この秋、新しいスペース「Factory 4F」を江東区大島にオープン。今後多くの可能性を秘めたスポットに、期待が膨らむ。

 

〒146-8577 東京都大田区鵜の木2-8-4 金羊社1階

東急多摩川線「鵜の木」駅より徒歩3分

Tel 03-3750-9061 
Fax 03-3750-9071

営業時間 10時〜18時(土・日・祝祭日は休み)

http://allrightprinting.jp/

 

 

◎Factory 4F

2014年11月、製本会社・篠原紙工の4階にオープンした印刷加工と出会うための多目的スペース、紙加工の広場。人や技術、アイデアや思想、紙加工という軸を中心にさまざまな未知の存在同士が、この場所で出会い、交わり、多様な関係をつくり出し、運動が生まれる場所。紙加工の現場の見学会、紙加工の相談窓口の開設、紙加工をめぐるさまざまなセミナー、ワークショップ、シンポジウムなどの開催を予定。テーマカラーは、オレンジ!

https://www.facebook.com/Factory4F?ref=notif&notif_t=fbpage_fan_invite

 

◎印刷加工連

2012年春、それぞれ特徴の異なる6社で結成された「紙文具」作成のためだけに召集された類まれなき超豪華メンバー、印刷加工・デザインのオールスターズ。紙、印刷加工の酸いも甘いも知り尽くした彼ら、彼女らのポリシーは「技術の+αを価値の+αに変えること」「技術は商品の後ろでストーリーをささやく存在であること」。有限会社篠原紙工・ 株式会社小林断截・ 鈴木製本有限会社・ 株式会社東北紙業社 ・ 有限会社コスモテック・ 株式会社 ALL RIGHTの6社から成るグループ。史上最強との呼び声高い、印刷加工とデザインのエキスパート達による夢の協演!印刷加工連の得意とする分野は、製本・穴あけ・折り・綴じ・型抜き・箔押し・空押し・浮き出し・紙象嵌・シール印刷・活版印刷と、多岐にわたる。使う人のイマジネーションのもととなるものづくりを念頭に、シンプルで使い勝手のよい紙文具を生み出している。

 

※山食堂では、印刷加工連傑作の紙文具である「LETTER PAPER(便箋)」をドリンクメニューで、「LETTER PAD(一筆箋)」をデザートメニューで使用。店内にて「ENVELOPE SET(封筒)」を含めた三種類を販売中。透けたかんじ、端がアンティークの花びらのようにめくれたかんじに紙萌え、職人の気質をかんじるすらっとした銀箔線に印刷萌え!

http://www.inkaren.com/

※印刷加工連の商品は、PAPIER LABO.のオンラインストアでも購入可能。

http://papierlabo-store.com/#!/

 

◎素描家 しゅんしゅん

「糸の泉」より約3年ぶりとなる、全国36ヶ所のお店を旅して素描した、素描集「主の糸」が、2014年10月30日に発売。その中に掲載されている山食堂の画を、ALL RIGHT PRINTINGさんに活版印刷で刷っていただいた山食堂のオリジナルポストカードを店内にて販売中。※売り上げの内、一枚につき20円を東日本大震災の義援金として寄付いたします。

http://www.shunshunten.com/

 

 

矢沢路恵
都内数カ所の飲食店でサービスの仕事に従事した後、2014年より料理人であるパートナーの山谷知生とともに、山食堂を前店主より受け継ぐ。飲食店は生産者と消費者をつなぐ役割という考えで、全国各地に生産者をめぐる旅をしながら、日本の地域に伝わる特産を探索する。

 

山食堂

 

山食堂
完全に家庭料理の店(海のものもございます。)
〒135-0022
東京都江東区三好2-11-6桜ビル1A
電話・FAX 03-6240-3953

都営大江戸線・半蔵門線 清澄白河駅下車 徒歩3分程 深川江戸資料館近く
昼=12時〜14時 夜=17時半〜21時 ※不定休

fbページ
https://www.facebook.com/pages/山食堂/398470866947958