NIWA MAGAZINE

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ニットと私。 文/PUUVILL REEL黒瀬美紀子

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子どもの頃、母は種子島で小さな毛糸屋を営んでいた。そんな南の島で毛糸なんか売れるの?と思うかもしれないが、冬は海風が強いせいで、体感はなかなかの寒さなのだ。うちもそれなりにお客さんが多かった。毛糸を買ってくれたお客さんに無料で編み方を教えていたので、6畳も満たない小上がりは、いつも編み物をするおばちゃんたちでいっぱいだった。そこにいない人のウワサ話や今晩のオカズ、怪しい健康法など、おしゃべりにいとまがないが、編む手も止まらないのが不思議だった。1本の糸がみるみる平たい形になり、それがマフラーやショールや、セーターになっていくのを見るのが好きで、私は学校から帰ると遊びにも行かず、ほとんど母の店にいた。そのうちに余った毛糸をもらって、自分でも編むようになった。8才くらいだったと思う。以来今日まで、編みものは私の愉しみとなった。

今にして思えばあの小さな母の毛糸屋は、ものづくりの楽しさや、時間をかけて何かを作り上げることの素晴らしさを私に染み込ませてくれた、原風景ともいえる場所だった。

私は時間があると本屋か毛糸屋に行く。夏糸よりもだんぜんウールの糸が好きだ。毛糸を探すときは、私なりのキマリがある。まずは化繊が入っていないこと。入っていてもほんのちょっとであること。行儀がよすぎる毛糸も苦手だ。ヨリがすこしあまいもの、ネップが残っていたり、太さが一定でなかったりと、要するに味がある糸が好きなのだが、存在感がありすぎる糸も、主張を持て余してしまうので、その味はほどほどがいい。毛糸玉を触りながら、この子にはどんな編み地が似合うだろうかと想像する時間も楽しいが、編み始めてから、それまで気づかなかったその糸の魅力に気付くことも多くて、私は編むことがますます好きになる。

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毛糸を探す旅に出たこともある。イギリスやフィンランドには、私が知らない毛糸がたくさんあった。イギリスの田舎では牧草地帯に放牧された羊の群れに感動し、原毛の色のままで羊の脂が残る、素朴な糸の魅力にはまった。一方フィンランドの糸は、色数が豊富で発色もきれいなものが多い。いわゆる北欧柄のニットを編むのによさそうな、肌なじみのいい、可愛い色がたくさんあった。

ヘルシンキで見たニットはどれも可愛かったが、完全に手編みのものは見つからなかった。ハンドメイドの、手触りのいいニットになかなか出会えず、少し当てが外れたと思っていた。ところがある日、ホテル近くの港の朝市で、獲れたての魚や美味しそうに熟れたベリーの横に、手編みニットを並べる露天がいくつか出ているのを見つけたのだ。朝市にニット屋が出るなんてさすがである。どの店も素敵だった。手紡ぎや染めにこだわった糸、アルパカやカシミヤなど、高級糸の露天もあって、店番の人は全員、なにかしら編んでいた。こんな風景が見たかったと嬉しくなった。

その中に、ちいさいおばあさんが一人でやっているお店があった。帽子やミトンが並んでいたが、その色使いやそっけないくらいに素朴なかたちがとても可愛い。嬉々として選び始めた私に、おばあさんも嬉しそうに「これはこんなふうに被ったら可愛いわよ」などと話しかけてくれた。フィンランド語は全く分からないので雰囲気でそう理解した。優しい笑顔のおばあさんがしわしわの手で、自分が編んだニットを大事そうに扱うのを見ていたら、なんだか懐かしい気持ちになった。面白い飾り編みがしてあったので、言葉が話せたら、これはどう編むの?なんて聞いてみたいのにと残念に思った。しばらく楽しい時間を過ごし、花柄の編み込みがある小さな帽子を買って、記念におばあさんと一緒に写真を撮らせてもらった。今でもいい思い出だ。

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エストニアにも足を延ばした。昔は街を歩きながら編む女性もいたというニットの国。ずっと前から行きたかった場所だ。首都タリンは古い街並が美しくて、まるでおとぎの国のようだった。ニット売りの露天が長く連なる「ニットの小径」が有名で、石畳の道沿いにも、何軒も毛糸屋を見つけることができる。観光客があまり行かないようなお店を探し歩いているうちに、手芸の卸売会社の倉庫が一部ショップとして解放されていて、種類が豊富でとても安いという情報を仕入れた。

さっそくタクシーで急行!大きなビルの、フロアの半分がすべて毛糸で埋め尽くされている。床も壁も毛糸だらけだ。嬉し過ぎて、思わず小さく悲鳴を上げる。日本ではあまり見ない、ニット用のウールの刺繍糸や、ドイツ製の棒針のセットもみっしり並んでいる。2時間ほど毛糸の森をさまよい、ようやくこれ!と思う毛糸を見つけた。それはニッター憧れの糸メーカーのもので、日本での取り扱い店も少なく、私も知ってはいたが、まだ触ったことさえなかったものだった。ふわふわで雲みたいな毛糸玉にテンションが上がる。ベビーアルパカのミルク色と、ラムズウールのグレイを買うことにして、帰りのことも考えず、抱えられるだけレジに持って行く。いくら安く買えるとはいえ、50gで800円はやっぱり高い。レジの女の子が「値段勘違いしてない?大丈夫?」と心配してくれた。日本では倍以上するのよと言うと、「それならこれはグッジョブね!」と親指を立ててくれたのが可笑しかった。

さて次回は、リトアニアやラトビアに行く予定だ。いま手紡ぎを習っていて、ニュージーランド製の本格的な糸車まで買ってしまった。いつか自分の理想の毛糸が紡げるようになれるといいなと思っている。というわけで、次の旅では手紡ぎの糸をたくさん見てみたい。

母の毛糸屋はもうだいぶ前に閉めてしまったが、昔編んでもらったアラン編みのセーターなどは、暖かくて軽いので今でも着ている。編み地に空気が入るので、既製品より手編みの方が暖かいのだそうだが、一目一目丁寧に編まれたニットを纏うと、心もなんとなく癒されるような気がする。私がつくるニットも、寒い冬の日にそばに置いてもらえるような、心地よくて頼りがいのある、そんな存在になれるといいなと思っている。

文/PUUVILL REEL 黒瀬美紀子

 

黒瀬美紀子 プロフィール

アートディレクター・グラフィックデザイナー。ニットブランドPUUVILL REEL主宰。デザイナーの感性で選んだ色や質感を重視した素材選びは秀逸。素材選びのためなら、イギリスやエストニアだって、どこまでも追い求める。

http://puuvillreel.com

★お知らせ

黒瀬さんの手編みニットの受注会を行います。今回は、寒い冬をやさしく彩る、帽子や羽織りものや巻きものなど、黒瀬さんセレクトの毛糸(アンゴラ・カシミヤ・アルパカなど)から、お好きな糸を選んでいただき、あなただけの1点をお届けします。

 

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★PUUVILL REELニット受注会

11.09 13:00-18:00(作家在廊日)

場所:book & gallery DOOR (島根県松江)

詳細問い合わせは、info@niwa-magazine.comまで。