NIWA MAGAZINE

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花背の風

花背

 

 

数ヶ月前、京都の奥座敷―花背にあるという、美しい寺の存在を知った。その名も、峰定寺。今からおよそ、850年も前に創建されたというその寺は、美しい山寺でありながら、一方で、ただならぬ雰囲気と物々しい圧迫感のある空気感を漂わせている。まさに「情念」の世界だ。決してきれいごとのように、すべてを滑らかに、清々しく、誰もが「正しい」人生を送れるわけではない。平安の頃、鳥羽法王の勅願により創建されたという、この寺には、どうにもならないもどかしさ、無念、悲しみ、諦めといった「陰」の心情が積み重なっているようにも想える。すべての荷物を預け、背丈と同じぐらいの杖を持ち、山の崖に建立された本堂を目指して、400を超える段数の階段を上る。階段を上るときは、出来るだけ無心になるように努めて、心を空っぽにしていく。上に行くほど、その感覚は強くなり、自分がどこから来たのか、なんのために歩いているのかもよく分からなくなってくる。靴を脱いで本堂に上がり、その絶景を目にして、この空間がどうして作られたのか、その意味をようやく理解する。

 

「風を感じる」。目を閉じて、深く呼吸をしていると、谷を吹き抜ける風と自分が一体になったかのような不思議な感覚にとらわれる。こうして、文章を書いている今でも、そのとき感じた風の感触をありありと想い出すことができる。音、匂い、感触。全身の五感を研ぎ澄ましていると、「念」を超えたずっと先にある、大切な「何か」に巡り会える心地がしてくる。それは、とてつもなく大きくて、やさしい心地がするのだけれど、言葉では決して表すことの出来ない「何か」だ。そこは、意識を超えた、無意識の世界。生と死が一体になった「輪廻転生」の世界。そうした世界観を、ひとつのミニマムな空間として美的に「表現」した、鳥羽法王には、とてつもない美意識を感じずにはいられなかった。そして、その表現の究極の目的は、きっと「風を感じる」ことにあるのではないだろうか。

 

 

 

2014年8月10日